午前9時半になると、報道陣が入室し、数十人が部屋を囲むように並ぶ。誰もが無言であり、小さな所作も躊躇うほど張り詰めた空気が漂う。
対局は10時から始まる。20分前に、西山朋佳女流三冠が入室した。シャッター音が浴びせられるように響く中、下座に座ると静かに目を閉じ、定刻を待つ。
まもなく試験官を務める上野裕寿が姿を現した。射るような眼差し、固く結ばれた口元は、21歳とは思えないほどの凄みを感じさせた。
床の間には、十四世名人から十七世名人までの直筆による掛け軸が並ぶ。普段、この前で対局するのはタイトルホルダーや高段者たちで、四段の棋士が座ることは少ない。上野は身が引き締まる思いで上座に着くと、背筋を伸ばして瞑想した。多くのカメラが向けられる中でも、意識は静寂の中にあったという。
記録係も圧倒する緊張の空気
記録席の木村は二人を目前にして、経験したことのない空気の圧を感じていた。
「本当に緊張感がすご過ぎて……。もし自分が対局者だったら、耐えられるのだろうかと思いました」
上野は20歳でプロデビューして、わずか1年の間に二つの新人棋戦で優勝した。勝負のかかった一戦には、奨励会時代からめっぽう強かった。小学6年で入会後、昇級・昇段の一番には一度も負けていない。中学3年、15歳で三段に昇段。中学生棋士の期待もかかったエリートコースを走ってきた。
西山は中学2年で奨励会に入会した。前年に関西研修会B1クラスに入っているので、女流棋士になることも可能だったが、その道を選ばなかった。20歳5ヶ月で三段に昇段。女性としては里見香奈(現・福間香奈女流五冠)についで二人目だった。
女流タイトル戦には、女流棋士でない女性の奨励会員が参加できる棋戦が3つある。三段リーグ時代に、西山はそれらのタイトルをすべて獲得した。奨励会の対局、研究会と並行して、タイトル戦の移動や前夜祭などの日程をこなすことは、かなり過密なスケジュールであった。



