「昇段に絡めなければ強い三段ではない」
妹弟子の藤井奈々女流初段は、この時期の西山の様子をこう話す。
「食欲がなくても勝つために食べて、気が張り詰めても、勝つために眠らなければならない、そんな日々だったと聞いています。あの頃、私は姉様の雰囲気が怖くて、無意識に敬語を使っていたみたいです。普段は『朋ちゃん』みたいな感じなのに。リーグが終わってから『敬語になっているけど、どうして?』と言われて、『えっ?』となりました」
三段リーグ時代に上野と西山が対戦したのは一度。2019年11月に行われた第66回三段リーグの5戦目である。当時、上野は16歳で、将棋人生で初めての壁に当たっていた。
「リーグ入りしたときには、少なくとも10代の内には棋士になれるだろうと、軽く考えていたところがありました。実際には思ったようには全然勝てなくて、高校3年間は一番辛い時期でした」
本人が言うほど成績が不振だったわけではなく、毎回二桁の勝ち数を上げていた。だが「昇段に絡めなければ強い三段ではない」と上野は言う。
「当時の私は弱い存在で、西山さんとの対局は地力の違いを見せつけられたというか、正直、同じ三段でも差を感じました」
西山は上野を破って波に乗ると、この期にトップタイの14勝をあげる。しかし、服部慎一郎(現七段)と谷合廣紀(現四段)も勝ち星で並び、前期の成績をもとにした順位差で西山は次点(3位)に甘んじた。
女性最高成績も、昇段ならず退会
30人が半年かけて戦ったリーグ戦において、たった二人しかつかむことのできないプロへの切符。女性として三段リーグで最高の成績をあげ、奨励会員だけでなく棋士からもその実力を認められたが、四段になることはできなかった。
西山はこの後に2期リーグを戦ったが、どこか燃え尽きたような印象だった。そして、年齢制限まで1期を残して奨励会を退会し、女流棋士になることを発表した。当時を振り返る藤井奈々の言葉には、西山に期待を寄せた者の誰もが、ハッとさせられるものがある。



