夕休憩での食事

 さて本譜に戻る。斎藤がわれわれに話してくれた銀のスライドは、藤井にとっては初見だったようで、長考に沈み、自陣角を据えた。だが永瀬は9筋の香を一つ上げ、玉を6筋に移動して待ち、隙を見せない。

「2度目ですか」と私が尋ねると、藤井猛は「それはやめてよ」と顔をしかめ、関係者が再び対局規定を見直す。指し直しは、残り時間が2時間以下のときは2時間まで戻す。だが2回目の千日手では1時間までしか戻さないとわかり、皆がほっとした。

とても「軽食」とは呼べない永瀬九段の注文

 やがて藤井は腰掛け銀を引いた。中央への制空権を失うため後手から動かれるが、それは覚悟の上だ。ここで永瀬が長考し、夕休憩に入った。藤井の注文は「天保年間創業の米屋のおにぎり」で軽食という感じだったが、永瀬の注文はまたもやすごかった。「常陸牛の握り入りおすすめ寿司」と「蕎麦公方(鴨汁田舎そば)」、そして「まんまるメロンソーダ」である。メロンソーダはこの2日間で4回目だ。とことんまで指すという永瀬の決意が感じられた。

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永瀬優勢の展開

 休憩明け、永瀬が中央から動き、ようやく本格的な戦いになった。藤井も2筋から攻めるが、この手の評判は芳しくない。

 藤井が大好きな桂が駒台に乗ったものの、すぐには使い道がない。また、後手玉とは反対方向を攻めているため、効果が薄いのだ。千田は言う。

「飛車と角を連動させるのが難しい。攻めを繰り出せるとしたら1~2筋しかないですが、後手は6~9筋から攻め込めます。(先手玉が8八、後手玉が6二にいるので)攻めている場所が違います」

控室のモニターに映る対局室の様子

 永瀬は中央を制圧し、6筋まで戦線を拡大した。藤井に雁木囲いを作られてしまうので指しにくい手順だが、指されてみるとなるほどだ。8八にいる藤井玉が見えてくる。永瀬の見事な指し回しに藤井は苦しそうな表情で長考に沈んだ。

 千田は「藤井名人は自分に都合の悪い手は必ず見えてしまいますからね」と言い、斎藤も「後手陣は中央が手厚いです。また先手は桂の使い道が乏しいのに、後手は打ちたい場所がたくさんあります」と続けた。藤井猛も「魔術がないと先手が厳しいでしょうね」と言いつつも、「今まで何度も魔術を見てきましたけど」と付け加えた。

 永瀬は馬を作って自陣に引いた。馬や竜を自陣に引き付けるのは永瀬の必勝パターンで、このまま押し切るかと思えた。