「伊藤さんの5六馬が無言のプレッシャーになりましたか」(三枚堂)
「1分将棋って怖いんです」(佐々木)
「完全に斎藤勝ちの流れを覆すのはさすが」(高見)
終局、そして残る感情
対局者が解説会場で挨拶するということで、壇上で打ち合わせが行われた。司会者から「質問などは?」と振られた佐々木は「一言もらうだけでいい。斎藤くん長居はしたくないだろう。早く終わらせよう」。
なんだ、気遣いができるではないか、それを少しでも兄弟子にも……。
解説会場に2人が登場し、大きな拍手が起こった。
まずは伊藤が挨拶と所感を述べる。
「中盤あたりから苦しい時間帯が続いていたかと思います。秒読みになってからは難解な局面が続いて、判断できないまま指していました。△4五歩(88手目)に▲同飛の変化もかなりきわどくて、負けの順もありそうと思いながら指していました」
続いて斎藤。
「今日の対局は、思ったより、うまくいったのではないかと。もしかしたら、タイトルが近いのではないかと、思ってしまったなあ、という感じで。▲7一飛と打ち込んで少し手応えがあったのですが、そこから決め手をなかなか放てずに、伊藤叡王の粘りに、こちらが見えなくなってしまったというところで。終盤はおそらく勝ち筋があったと思うので、やはり将棋は終盤というふうに思いますし……。悔しいというのが正直な気持ちです」
飾らない正直で率直な言葉に胸を衝かれる。ストレートに心情を吐露しないでほしい。涙腺が緩むではないか。
「斎藤くんがあれほど悔しそうにしている姿も見たことがない」
私は2024年2月末の、佐々木-斎藤のA級順位戦最終局を思い出した。両者3勝5敗、負ければA級陥落という鬼勝負であった。対局は23時20分に佐々木が勝利した。痛恨の敗戦にもかかわらず、斎藤は最後まで正座を崩さず、感想戦を熱心に続けた。感想戦は午前1時まで続き、両者深々とお辞儀して長い1日を終えた。こんなときでもどん欲に将棋の真理をつかもうとするのかと、斎藤の姿勢に感動したことを覚えている。
斎藤の才能を疑う者はいない。斎藤の努力を疑う者はもっといない。だが、この世界は残酷なのである。
そして両対局者が解説会場を去ると、佐々木が「イトタクのあんな疲れた声の挨拶は初めて聞いた。斎藤くんがあれほど悔しそうにしている姿も見たことがない」とつぶやく。他の2人も深くうなずいていた。大いに盛り上がり、そして対局者への感銘で終わりを迎えた大盤解説会、最後に私が師匠に代わりあいさつをして終了となった。ご来場の方々にお礼を言い、我々も対局室へ向かった。
疲れ切った2人が木村を交えて感想戦をしていた。そしてあの竜を回った局面になる。
「(▲4一竜では)▲7五飛でしたよね。ただ△8一歩のときが……▲7三歩だと△6六桂で」
えっ、▲7三歩の銀取りが詰めろではないのか? 無視して△6六桂で負けるのか。そこまで斎藤は読んでいたのか。そこまで伊藤も読んでいたのか。




