――将棋の本ということですが、どのようなものを読まれていましたか。
上野 『羽生の頭脳』は自分で買って、かなり読みました。あとは『将棋世界』ですね。新聞の観戦記を読んだりもしていました。もちろん実戦を指すのが好きでしたが、将棋界について知るのも楽しかったです。当時はやはり羽生先生(善治九段)がスターでしたね。正直、師匠の実績はよくわかっていなかったのですが、教室では厳しいところは厳しくされていて、子どもでもびっしり注意されました。あとは奨励会に入る頃、『詰将棋パラダイス』を読み始めました。難しい詰将棋はすぐ解けないので、集中力持続のトレーニングになりますね。1つの詰将棋を数十分考えるのは気力も必要です。
倉敷王将戦での優勝を機にプロ入りを目指す
――具体的にプロ入りを考えたのはいつ頃だったのでしょうか。
上野 小学3年の時に全国小学生倉敷王将戦で優勝できたのが1つのきっかけです。当時はアマ三段くらいで、周りと比べても実力上位とは思っていましたが、まさか優勝まではというのが正直なところです。奨励会試験は5年と6年の時に受けて、2回目で受かりました。1回経験していた分、落ち着いて臨めましたね。当時の試験は最初に筆記試験がありましたが、そこで好成績を取ると、受験者同士が戦う1次試験で1勝分のアドバンテージがあったんです。それを生かして、普通なら2日かかる1次試験を1日で通過できました。結果として3日目、現役奨励会員と戦う2次試験にも余裕を持って臨めましたね。
――上野さんが奨励会入りしたのは2015年の9月ですが、当時は藤井聡太竜王・名人が間もなく三段に上がろうという時期でした。
上野 6級と有段者ですからね。奨励会時代の藤井先生とはほとんど接点がなく、名前も知らなかったくらいです。まるで別世界の話で、級位者の中では話題になりませんでした。
――奨励会時代を振り返ってみると、いかがですか。
上野 級位者時代は同期の中で一番昇級が速く、自信も持っていました。学校の友人も応援してくれたのがうれしく、学業との両立の面でもまずまずだったと思います。
――三段リーグに参加されたのは18年度後期の第64回リーグからで、当時の上野さんは中学3年でした。
上野 中学生棋士になれば高校に行かずに済むかとも思っていましたが、さすがに甘かったですね(笑)。受験は公立一本で、自宅から通える加古川北高校へ進学しました。高校で将棋部に顔を出すと顧問の先生から「このまま誰も入らないと廃部になるかも」と入部を頼まれました。もちろん奨励会員なので高校大会に参加などはできませんし、正直、幽霊部員に近かったような……。私の1年下から部員が集まってくれて、今でも続いています。棋士になってからは後輩へ指導対局も行っていますが、真剣に取り組んでくれているので、うれしいですね。



