2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロさんの長編デビュー作であり、自身の生地である長崎を舞台にした『遠い山なみの光』。この文学作品が、「蜜蜂と遠雷」や「ある男」などの石川慶監督によって映画化された。

「プロデューサーから『カズオ・イシグロさんの小説に興味はありませんか』とメールをいただいたのがきっかけでした。カズオ・イシグロ作品は私も愛読していたので、ぜひやりたいと思って、とにかくプロットを書き上げて、イシグロさんにお送りしたんです」

石川慶監督

 1980年代のイギリス。日本人の母とイギリス人の父を持つニキ(カミラ・アイコ)は、母の悦子(吉田羊)が1人で暮らす郊外の実家を訪れる。悦子は長崎で原爆を経験し、戦後イギリスに渡ってきていた。これまで過去について話さなかった母が語り始めた記憶。それは、長崎で暮らしていた時に知り合ったある女性とその幼い娘のことだった。そして物語は、イギリスと、戦後間もない1950年代の長崎を行き来する。

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「私自身、戦争の当事者ではないので、この作品が戦後の長崎をストレートに描いたものだったら、どう扱っていいのか分からなかったと思うんです。でも、80年代のイギリスの視点が入ることで親近感を持ちましたし、今の人にも届きやすいだろうと思いました。それに、純粋にミステリーとして面白い作りになっているのも魅力です」

 1950年代の長崎で暮らす悦子を演じるのは、主演の広瀬すずさんだ。妊娠中の悦子は夫の二郎(松下洸平)と団地で暮らしているが、ある日、川の向こうにぽつんと建つ家で暮らす佐知子(二階堂ふみ)と、その娘の万里子に出会う。駐留軍のアメリカ人と交際し、アメリカに移り住むことを夢見る佐知子に戸惑いつつも、悦子は彼女の強さに惹かれていく。

「この長崎は悦子の記憶の中のものです。どう記憶していて、それをどのように語るかが、映画として重要な部分でした。広瀬さんと二階堂さんは本当に理想的なキャスティングで、演技も素晴らしかった。特に佐知子はミステリアスで存在自体が抽象的なキャラクターなのですが、二階堂さんは毎回精度の高い芝居をしてくれて。それに反応して、広瀬さん演じる悦子も少しずつキャラクターが変わっていく。とてもいい化学反応が現場で起こっていました」

©2025 A Pale View of Hills Film Partners 配給:ギャガ

 誰もが傷ついていた戦後の日本で、2人の女性は何を求め、どう生きようとしたのか――。本作は女性たちの物語だが、一方で、二郎やその父・緒方(三浦友和)の姿もまた印象的だ。

「カズオ・イシグロ作品には時代の価値観に取り残されてしまった男性が出てきますが、二郎や緒方はまさにそういう人物です。彼らのような人たちに対する共感も、自分にとってはとても大切な要素でした」

 当時の長崎の街並みは、資料を基にCGで再現した。

「戦後の長崎というと、原爆で焼け野原になってしまったイメージが強いですが、50年代の写真を見ると、キャバレーもいっぱいあって、ハイカラな洋服を着た人たちが歩いている。少し誇張してでも、復興した、あのカラフルな長崎を見てもらって、イメージをアップデートしたかったんです。ラッシュをご覧になったカズオさんが、『自分が記憶している長崎だった』とすぐに連絡をくださって。それがすごく嬉しかったですね」

いしかわけい/1977年生まれ。ポーランド国立映画大学で演出を学ぶ。『愚行録』(17)で新藤兼人賞銀賞、ヨコハマ映画祭新人監督賞などを受賞。『ある男』(22)は、日本アカデミー賞で作品賞、監督賞を含む最多8部門で最優秀賞を受賞。

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『遠い山なみの光』
9月5日(金)TOHOシネマズ 日比谷他 全国ロードショー
https://gaga.ne.jp/yamanami/

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