2000年代を代表するお笑いネタ番組『エンタの神様』で大ブレイクした芸人の一人が、「スケバン恐子」こと桜塚やっくんだ。そのやっくんがかつて組んでいたコンビが、竹内幸輔との「あばれヌンチャク」(1999年結成~2005年解散)。コアなお笑いファンの間では知られた存在だった。
幼児番組風コントで、スーツにメガネの“いい声お兄さん”を演じる竹内がブラックな歌を披露し、無邪気な子ども役のやっくんが戸惑いながらツッコむ──それが彼らの持ち味だった。「爆笑オンエアバトル」でも好成績を残し、活動は順調に見えたが、コンビは突然解散。やっくんはピン芸人へ、竹内は声優へと転身する。
なぜ彼は芸人を辞めたのか。元相方の大ブレイクをどう見ていたのか。その胸中を本人に聞いた。お笑いコンビ飛石連休の藤井ペイジ氏の新刊『芸人廃業 ダウンタウンになれなかった者たちの航海と後悔』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
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やっくんとの付き合いは「劇団」
――お久しぶりです。竹内君が「あばれヌンチャク」をやってたころは、しょっちゅうお笑いライブとかで一緒になってたよね。
竹内 いまが2022年の3月だから、コンビ解散して芸人辞めてからもう17年ですよ。しかも振り返ってみれば芸人も5年しかやってないですからね。
――そんなに短かった?
竹内 1999年の10月にコンビ組んで芸人を始めて、2005年に解散してるんで。
――どこで知り合ってコンビを組んだの?
竹内 日芸(日本大学芸術学部)の同級生なんです。やっくんは俳優コースでした。僕は歌手志望で秋田から上京してきて、音楽系のコースだったんですけど、東京に来たら周りにバケモノみたいなすごいやつがいっぱいいて。すぐに歌手を目指すのを辞めちゃいました。そのころ、僕が高校時代に好きだった子が演劇やってたんですけど、そこの舞台をいろいろ見に行ってたら面白くて。僕も若かったので「劇団なら簡単に作れそうだな」って思っちゃって。
――その行動力はすごいと思うけどなあ。
竹内 そのときに、やっくんと作家さんと3人で劇団を作ったんです。やっくんとの付き合いはそこからですね。その前から同じ映画サークルにいて知ってはいたんですけど、たまに飲み会で会うくらいの関係だったので。
それで出演者を集めて公演をやったんですけど、がっつりの演劇というよりかは、お笑い寄りのミニコント集みたいな感じだったんです。そういう公演を何回かやってるうちに、やっくんから「ずっとこの劇団を続けていくより、ふたりでお笑いやってみないか?」って誘われたんです。
――やっくんはお笑い志向だったのかな?
