書きはじめたのは1982年だった

 これまでのエリス作品は(正確には『LUNAR PARK』を除いて)、どこまでも乾いていて感覚が麻痺したような、もしくは感覚も感情もどこか離れたところに置いてきたような視線と文体が特徴だった。ところが『いくつもの鋭い破片』は、前述のとおり湿った感情と動揺に満ちあふれており、ひとことで言えばとっつきやすい。作品の冒頭部に意表を突かれたのと同じことが、その日の取材の現場でも起こったのだった。もはやあえて質問のトーンを気にする必要はないように感じられた。それで素直に、この小説がどのようにして生まれたのか、その起源についてまずは尋ねてみた。

ブレット・イーストン・エリス(以下BEE)  書きはじめたのは、『レス・ザン・ゼロ』(1985年)に取り組んでいた1982年のことなんだ。文体も基本的にはその時から変わっていない。恐怖を浮きあがらせるためには最も有効な文体だからね。その頃の僕は、フィクションにもノンフィクションにも関心があって、LAの街のこととか身のまわりにいた友だちのことを書きたいと考えていた。ノンフィクションというのは、いわゆるニュー・ジャーナリズムのことだね。(作中でも言及される)ジョーン・ディディオンやノーマン・メイラーといった作家たちが、ジャーナリズム的な方法論を使って自分たち自身について書いていたことが念頭にあったんだ。

ブレット・イーストン・エリス ©Casey Nelson

ADVERTISEMENT

 実際、1981年にはとにかくいろんなことが起こったし、僕は嘘つきだったし(笑)、僕にはたしかにガール・フレンドがいたし、間違ったことをたくさんしでかした。だから、そういうことを書き留めておきたいと考えた。でも長大な小説になることはわかっていたし、18歳の僕には手に負えなかった。それで長いあいだ放っておいた。ところが、それから40年近くの時間が流れた2020年になって不意に、どこからともなくこの小説がやってきた。4月のある月曜日に書きはじめて、木曜日にははじめの1章を書きあげていた。そうして16カ月後には脱稿した。小説というものは、生まれろと命じられて生まれてくるものではないということだね。