マルホランド・ドライヴの暗い闇

『いくつもの鋭い破片』の主人公であるブレットは、マルホランド・ドライヴにある豪邸に住んでいる。両親は長期の旅行に出かけていて、通いのメイドがいるとはいえ、空っぽの家でほぼ一人暮らしをしていると言っていい。LAの地図を眺めてみると、マルホランド・ドライヴは丘の上を蛇行しながら東西に延びている。その北側には映画スタジオが並び、近年では映画監督ポール・トーマス・アンダーソンの出身地でありかつその作品の特権的な舞台となってきたことでも知られるサン・ファーナンド・ヴァリーが広がっていて、主人公たちが通う私立のバックリー校はその北の縁のシャーマン・オークスに位置している。一方南側にはベヴァリー・ヒルズやウェスト・ハリウッドなどの街があり、そこにいたるまでの斜面をえぐる無数の峡谷の中には、1969年にシャロン・テイトが惨殺されたベネディクト・キャニオンもある。そうしたものすべてを見下ろす位置に、主人公はひとりぼっちで棲息していることになる。ことほど左様にこの小説は、マルホランド・ドライヴを軸にLAの街を見直す都市論として読んでみたい気にもさせる。

BEE みんなに訊かれることなんだけど、主人公の家は僕の友だちの家がモデルになってるんだ。実際の僕の家は、マルホランド・ドライヴからシャーマン・オークスのほうに少しだけ下ったところにあった。ただマルホランド・ドライヴには、いつでもどうしようもなく惹かれていたな。薄暗くて、林の中を蛇行しながらどこまでも延びていくあの不気味な雰囲気にね。ひとの精神は地形に規定されるものだから、そういう意味で、これはマルホランド・ドライヴやLAの街についての小説だと言うこともできるだろうね。

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 1981年のLAから失われたものは大きい。しばしばスプロール現象(都市が無計画に広がること)の象徴として語られる街だけど、かつてはビーチにも砂漠にも山にも40分あればラクに行けたからね。その後、とてつもない交通渋滞でそれどころではなくなったけど。バックリー校だってすっかり変わってしまった。あの頃のあそこは、今あるような姿じゃなかったんだ。もちろん、これはLAに限ったことではなくて、もっと広くこの世界から失われたものについての話なんだけど、僕にとっての世界はLAという街のかたちを取っていたということだね。