僕の小説はどれも「自伝」なんだ
BEE 失われたLAを記録しておきたいという気持ちも強かった。あの時期のLAを記録した作品はほかにはなかったからね。(この小説の舞台である)1981年というのは、70年代を抜け出したけれどもいわゆる80年代カルチャーははじまっていないという、ほんの短いあいだしか存在しなかった端境期にあたる。作中にも書いたけど、ファッションの観点で見ても、肩パッドとかマレットとかキッチュなものはまだなくて、みんなスタイリッシュでクールなかんじを目指していたし、音楽を含めてカルチャー全体が70年代を引きずっていた。
〈例の空間〉と呼ばれるナイトクラブは、僕が最初に書きはじめた時からこの作品に登場していた要素なんだけど、あれはあの時代を象徴するものだったと思う。ほんの2カ月かそこらでなくなってしまったんだけどね。たぶん街のいろんなところを転々としながら営業するタイプのクラブだったんだと思う。小説にあるとおり中は完全に真っ暗で、部屋ごとにテレビのモニターが置いてあって、MTVが流れていたのをおぼえているよ。そういうわけで僕としては、『いくつもの鋭い破片』は70年代の終わりについての小説だと言うほうがしっくりくる。『アメリカン・サイコ』は80年代の話だったし、『レス・ザン・ゼロ』もそうだ。だから、時系列で僕の作品を並べるとしたらこの作品がいちばん最初に来ることになるね。
“自伝は書かないの?”って訊かれることがあるんだけど、そういう時には、“もう9冊も書いてる”って答えることにしている(笑)。僕の小説はどれも自分の経験に基づいているし、そういう意味ではすべて自伝的だから。フィクションの中に真実を織り込んであるということだね。
