お玉のもとに集まる人々
――実際にこうして占ってもらう様子を拝見すると、お玉のもとに占いを求めてやってくる人々の気持ちが分かる気がしました。
朝井:私は何十年ぶりかで占いを体験しましたけど、“私って、こういう人らしいんだわ”って語ることも楽しいですね。堂々と自分語りができる(笑)。
で、小説の話にもどりますと、お玉のもとを訪れる人たちは相談事があるわけで、それは普段の人間関係に差し支えない、縁もゆかりもない他人だから話せる、ということがあると思います。人にあまりおおっぴらに言いづらい悩みであったり、ちょっと暗い気持ちであったりすることを占者に打ち明けますから。あ、自分はこういうことを思っていたんだ、こういう人間だったのだと、心中で確認していく場面もあります。
――アドバイスというよりは、気づきを促す感じでしょうか。
朝井:お玉の場合は、相手のちょっと先の将来が見えるという能力なので、あまりアドバイスめいたことを言わせたくなかったんです。それによって相手の人生を規定するようなことではなくて。でも、ありきたりな励ましもさせたくない。
だから、お玉自身が、悩みながら言葉を探しつつ、でも本当に素直な気持ちを相手に伝えているというふうに描いたつもりです。
――お互いに真摯に向き合うところから生まれる関係性ということですね。
朝井:そうですね。でも、お玉が見えるのは4、5年先の未来。どの道を行こうか迷っていたり、この縁談が嫌で、命がけでも好きな人と一緒になりたいといった人にとっては、全身で安心できるものではないし反発もします。でも、今の自分を認め、何かを考えるきっかけになる。占いとはそういうものではないかとも思うんですよ。
――「手相は未来の占いではなく、その人が過去にどんなことをよく考えてきたか、何を心がけてきたかが出るもの、つまり結果なんです」とその社員が言っていました。
大島:そうでしたね。だから金運が無いと出ているのも分かる(笑)。
朝井:そうでしょうよ、って思ったけど(笑)。
タイトル「豆は煮えたか」の由来
――タイトルの『豆は煮えたか』についても教えていただけますか。「豆は煮えたか」は、お玉に占いをしてほしい人の符牒でもありますが、この言葉をタイトルにしようと思ったのはなぜでしょうか。
大島:すごくいいタイトルだと思います。私、大好きです。
朝井:ありがとうございます。でも、深く考えていたわけではなくて……。名物が豆餅だから、あんこを炊く。でもお玉は下手くそでうまく煮れない。とはいえ、いずれ豆餅にも何がしかの発展はあるんだろう……。じゃあ豆。そう、豆は煮えたか?という疑問形がいいなと。
――豆餅をモチーフにされたのは、豆餅がお好きだからということもあるのですか。
朝井:大好きです。素人にはやっぱり作れないものだから。お餅も小豆も、扱うのは難しい。しかも一つのお菓子にいくつもの食感と味があるということは、それぞれに手間暇がかかるわけですよね。大変なスイーツです。
