永瀬はさらに3択を突きつける。だが…

 その後も30分以上の長考がない。藤井がようやくまとまった長考をしたのは55手目。永瀬が桂を捨てて藤井の金を動かし、敵陣深くに飛車取りで角を打ち込んだ局面だった。

 飛車の逃げ場所の有力な候補はまたも3つ。1つ横か、1つ上か、あるいは3つ上か。この戦型では、金銀の接近戦に巻き込まれるのを避けるため、なるべく浮き飛車にはしないほうがよいとされている。下段飛車が主流の現代将棋ならばなおさらだ。

永瀬は3択を迫り続ける(写真提供:日本将棋連盟)

 また、類型で先後も違うが、2019年の第77期名人戦七番勝負第1局、佐藤天彦名人対豊島将之二冠戦(肩書きは当時)では、豊島は1つ上に動いている。だから、自陣内で逃げるかと思っていた。

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 だが藤井は54分の考慮で浮き飛車を選択した。これでは自陣の下部がガラ空きだが大丈夫か? 先手陣は壁銀で左辺に玉の逃げ場がなく、馬に暴れ回られると怖い。

 だが、永瀬が29分の考慮で角を成ったのに対して、藤井が3筋の歩を突いた手を見て、私はうなった。いや、見ていた棋士全員がうなっただろう。あまりにも「味が良い」からだ。

 飛車の横利きを通しつつ、次に歩を取り込んで相手の銀を動かせば、玉のコビンが開いて角打ちの王手などの反撃が生じる狙いがある。まさに1粒で2度おいしい手だ。永瀬が動かなくなった。そして、174分もの大長考の末、封じ手にして1日目を終えた。

永瀬は引き分けを辞さない構え

 2日目、私は大阪に向かう新幹線の中で封じ手を確認した。永瀬は馬をひねった場所に引いた。せっかくできた馬を消されないようにする苦心の一手だ。

 それでも藤井の手は早い。わずか3分で桂を跳ねる。永瀬は飛車取りに馬を引き、藤井が飛車を下段に引けば、また馬で追いかける。後手番特有の千日手狙いだ。

 藤井は銀得だから引き分けにはしないだろう。飛車は遠くに逃げるのかな、と思いつつ、高槻の将棋会館へ向かう。

 高槻市は「将棋のまち」というスローガンのもと、市を挙げて将棋を応援してくださっている。王将戦開催を祝うのぼりが、アーケード街にはためいていた。

対局会場の関西将棋会館 ©︎勝又清和

 10時過ぎに会館に入り、3階の棋士室を覗くと、棋士・女流棋士・奨励会員が大勢いた。20人近くが研究会やVS(1対1の練習対局)を行っている。朝から熱気にあふれているなと感心しつつ、控室へ。

 立会人の桐山清澄九段に挨拶する。御年78歳だが、とてもお元気そうだ。