「これは人間が指す順じゃないですよね」

 局面は、先ほどの永瀬が馬で飛車を追いかけた一手から動かない。まだ2日目の午前中だが、手数はすでに64手まで進んでいる。

「昔だったら永瀬さんの桂跳ね(42手目)のところで1日目が終わって封じ手でしたよね」

 桐山が言う。私も「そうですね」と笑う。しばらく桐山九段がタイトルに挑戦した時代の話などで盛り上がった後、現局面の検討に入る。

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立会人の桐山清澄九段 ©︎勝又清和

 飛車が遠く6筋に逃げた場合の永瀬の攻め方について検討していると、藤井が飛車に手をかけた。だが、逃げたのは予想の6筋ではなく、中央の5筋だった。

 消費時間を見ると、残り4時間17分のうち67分を使っている。これが最後の長考になるとは、この時は思いもしなかった。

からくり細工のような受けの手順

 ここからの藤井の受けは、からくり細工のように美しかった。飛車を馬にぶつけ、自ら交換を迫る。永瀬が交換に応じた後、金取りに桂を打つと、藤井は金を玉に近づけるのではなく、桂取りに上がった。

 飛車の王手金取りには、桂を合駒して金に紐をつける。そして金桂交換の直後、竜取りに自陣角を打つ! この角により、浮いていた銀と玉の隣りにある桂に紐がついた。

 実は、移動中に携帯中継を見た際、この手順がAIの読み筋として表示されていた。だが私は「まさかこんな手は指せないだろう」と思っていたのだ。控室でも私は桐山に「これは人間が指す順じゃないですよね」と話していた。しかし桐山はニコッと笑ってこう言った。

「いやいや、藤井さんなら指すかもしれません。いや、やるでしょう」

 そして実際に盤上に角打ちが現れると、桐山は再び笑った。藤井陣に打たれた駒が輝いている。桂の利きは玉の斜めからの攻撃を防ぎ、角の利きは自玉への詰めろを消している。

藤井の指し手にニコッと笑う ©︎勝又清和

 ひとつひとつの局面を切り取れば、飛車の王手には桂合いしかないし、竜取りへの角打ちも指せる手だ。だが、それを2日目の封じ手が開封された時点から、想定できる棋士が一体何人いるだろうか。

 藤井玉は左が壁になって囲いに入城できない。それにもかかわらず攻撃の要となる飛車を渡し、「金は引く手に好手あり」の真逆を行くような手を指し、おまけに受けに不向きな角・桂で自陣を補修して、玉を安全にしてしまう。

 そんな手順を、一体誰ができるというのか……。藤井よ、いったいなんという手順をあなたは指すのか?

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