『TIMELESS』(朝吹真理子 著)

 TIMELESS、「時を超えた」と題された二章構成の本作は、それぞれの章が、17歳の少女(正確に言えば、高2で16歳の可能性もあるが)と少年の描写から始まる。最初の章の少女は、うみ。次章の少年はその息子のアオ。うみは、高校の同級生のアミと結ばれ、アオを産む。しかし、好きな人と子供を作ることが怖いとするアミと「いとしい」という言葉がわからないといううみの間に、恋愛感情はない。

 だが、なぜ愛のない家族なのか。うみには母芽衣子と親子としてゆっくり過ごした記憶がない。父は、家を出、他の女との間に子すら成している。なにより彼自慢のオープンカーで車酔いして嘔吐する小学生のうみを心配するどころか舌打ちし「お行儀悪い」と叱責するような男だ。破綻した夫婦生活、ネグレクトに近い親子関係。うみの離人症のような状態は、こうした家庭環境に由来するだろう。ならば現代日本の、ある意味ありふれた家族の悲劇を主題化したのか。幼馴染みの再会を激情的にならず、けれどその儚く移ろう瞬間の希有さを見事に描いた『きことわ』の作者による7年振りの新作が、そんな凡庸な物語のはずもない。

 しかし、朝吹のこれまでの作品とは何かが違う。これは、決定的事件が発生した後の世界、いわば事変後を描いたものであり、それによる喪失を抱えたまま生きる者の小説だ。二章の舞台となる2035年の日本は、2020年東京オリンピックの年にテロを経験し、2027年には南海地震に見舞われている。そうした大文字の歴史に記される事件だけではない。うみのクラスメイトの死。アオの父であるアミの、身重のうみを置いての失踪。二章でアオの姉として登場するこよみの父親の転落死。こよみのボーイフレンドの死。登場人物はそれぞれ様々な喪失を体験している。

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 両親の不和、ネグレクト、友の死、肉親の失踪、テロ、震災。どれも当事者ならば心を抉られるような辛い出来事だ。だが、それらは、読者の情動に訴えることなく、遠い過去のことの如く距離を以て描かれる。

 小説のラスト、過去と現在の結界がほどけ、時を超え(TIMELESS)、江姫の荼毘(だび)の煙の棚引く麻布が原で、様々な記憶とともに家族が再会する場面は殊更美しい。ならば、様々な喪失は埋められたのか。

 そうではなかろう。うみは出会いも出産も「なりゆき」で、しかも「たいせつになったなりゆき」だという。ならば、喪失もまたなりゆきとして許容されるだろう。それが事変後の生き方とでもいうように。

あさぶきまりこ/1984年東京都生まれ。2009年「流跡」でデビュー。同作は2010年のドゥマゴ賞を受賞した。2011年「きことわ」で芥川賞を受賞。「TIMELESS」は7年ぶりの新作となった。「文藝春秋」で日本美術についてのエッセイ「ふれる」を連載中。

ちばかずみき/1961年三重県生まれ。文芸評論家、大東文化大学教授。著書に『宮沢賢治』『クリニック・クリティック』など。

TIMELESS

朝吹 真理子(著)

新潮社
2018年6月29日 発売

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