「ショセン私は駄目な女です」

 本名で劇団の座長となり、事件を題材にした舞台に主演。作家・坂口安吾と対談したり、映画に出演したりした。東京・上野の料亭の仲居やおにぎり屋の女将を務めた後、千葉県市原市の知人のホテルにいたが1974年、「ショセン私は駄目な女です」という書き置きを残して姿を消した。

 井出孫六「時代の気流を変えた阿部定事件」=「東京歴史紀行 昭和史の現場を歩く」(「エコノミスト」1986年4月号所収)=が「I市の老人ホームに生き続けていることを僕は伝え聞いた」と書いたのが足どりの最後の情報か。最近まで追跡していた人もいたが、結局つかめなかった。もしかして生きていれば121歳だが……。

戦後は劇団の座長となり舞台に立ったことも(時事新報)

 阿部定事件は今でも人々の間で関心を保たれ続けている。赤裸々な欲望を隠さずに出した「人間賛歌」としての意義を認める意見や、女性の解放・ジェンダーの視点から阿部定を賛美する見方も多い。何が人々を引き付けるのか。

ADVERTISEMENT

 清水正編『阿部定 学生と読む阿部定予審調書』(1998年)は、日本大学芸術学部教授の著者が1989年から10年間、授業で学生たちに調書を読ませ、その感想リポートをまとめた本だ。そこには、60年以上前の猟奇事件とその「ヒロイン」から感じ取った思いがつづられている。

「なんて正直に生きているんだろう」「刹那を生きた人」「一瞬を永遠にしたかった」「究極の愛の形の一つにすぎなかった」「寂しい女性だと思えてきた」……。

 1人の女子学生は、定を援助交際をしている現代の女子高校生と比較してこう書いている。「おそらく、阿部定という女性が現代でもなおクローズアップされるのはそこだろう。今一番元気のいい女子高生とクロスするからこそ、私たちは無意識に(定に)ひかれるのだ」。当たっているかどうかは別として、愛とは何か、死とは何かは、時代を超えた永遠のテーマだ。