うつや適応障害は「甘え」の誤解
じつはこのときの私は精神科に良いイメージを持っていなかった。手術もできず、がんも治せず、患者の話を聞くだけでいつも定時帰宅する“お気楽な科”だと思っていた。そして、そんなお気楽な科を志望する医者を見下してもいた。
それだけではない。白状すれば、うつ病や適応障害についても「やる気が足りないのでは」と考えていた。
「世の中の多くの人々が日々の重圧に耐え、眠い目をこすって満員電車に揺られ、嫌な上司に頭を下げて働いている。誰だって朝は体が重いし、仕事に行きたくない。でも、そこを気合で乗り越えていくのが大人だろう」
私は口に出さずともこんなふうに思っていたのだ。「やる気が足りない」「甘えだ」という偏見は、根性論で自分を律してきた人ほど抱きやすい。その点で非常に根深いものといえる。
そんな私にとって、杉ちゃんの休職と精神科への入院は大きな衝撃だった。同時に、精神疾患の捉え方にも変化が生じた。
どんなに優れた能力を持つ人でも環境次第で心が折れることはある。杉ちゃんの一件により、そんな当たり前のことをようやく理解したのだ。
初期研修を終えて⋯
2年間の初期研修を終えると、いよいよ自分の専門分野を絞り、一人前の専門医を目指して修業する「後期研修」に移る。初期研修が広く浅く全科を回るのに対し、後期研修は深くひとつの道を進むことを覚悟する期間ともいえる。私は東京都内にある中規模のT病院の外科を「後期研修先」に選んだ。
T病院には外科医が4名在籍していて、私はそのチームの一番下っ端に5人目として加わった。ある種、直感的に志した外科だったものの、現場での勤務が始まると私はだんだんとその魅力にとりつかれていった。
テレビドラマではよく「メス!」(パシッ)と、手術室で看護師からメスを渡されるシーンが描かれる。だが、実際にメスを使うのは最初の皮膚切開だけだ。
私は最初の一刀で皮膚を切って肉が現れる瞬間と、最後の縫合で傷口がピタッと閉じて肉が見えなくなる瞬間がたまらなく好きになった。
内科的な治療が薬で少しずつ状態を改善していくのに対し、外科は物理的な介入で結果を出す。そこには初期研修医時代に回遊したほかの診療科ではけっして味わうことのできない原始的で職人的な快感があった。
