「本当に医者になっていいのか」

 この段階で診療科をやめる医師はまれだ。“脱落者”としての後ろめたさから、大学もやめたいと考えた。ただ、次にどうすべきかもわからない。こんな自分が本当に医者になっていいのか、私は迷いの中にいた。

 そのころ、暇にまかせてネットサーフィンをしていて、あるブログを見つけた。

 ブログの筆者は、外科から精神科に転科したという医師だった。

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「精神科には手技はないけど、これまでの自分の人生を丸ごと患者の治療に活かせる」「精神疾患を抱えている人はみんな挫折を経験している。同じように挫折を知る医師はより患者に寄り添える」

 ずいぶん耳触りの良いことが書いてあった。今なら「別に挫折を経験していなくてもふつうに精神科医にはなれるだろう」と笑い飛ばすかもしれないが、外科から逃げだした自分にはこの文章が突き刺さった。同時に、杉ちゃんの一件も思い出していた。

 実際、精神科には、転科してきた医師が非常に多い。それは精神科が手術も手技もなく、違う診療科から来てもイチから学びやすいからだ。精神科の患者はさまざまな病気を抱えるケースもあり、前の診療科での経験が活かせたりもする。

 精神科医というのも悪くないかもな。「大学病院から逃げるため」こうして私はなんとなく精神科医を志すことになる。

「逃げる」コマンドを押した私の、職場探しが始まった。「外科」での約2年の後期研修はリセットされ、「精神科」として新たに3年間を後期研修医として働く必要がある。私は苦手とする大人数での集団行動を避けるため、大学病院で勤務する必要のない「専門医プログラム」のある病院を探した。

 昨今、忙しくて労働時間の長い外科系の診療科は敬遠され、時間に余裕がある精神科や麻酔科などを目指す医師が増えている。都心では精神科医が増えすぎ、その数を制限する地域もあるほどだ。

 しかし、このころはまだ精神科志望者は売り手市場で、中途半端に外科をやめた私でも雇ってくれる病院は複数あった。