7月17日付時事朝刊から2回連載された近松秋江の「有嶋氏の犬死」はタイトルから強い反響を巻き起こした。近松は一時「中央公論」の記者もしていた作家・評論家だが、11日付同紙朝刊で一度「有島武郎氏の死」と題して「氏の言説は不可解」と書いていた。

「犬死」とした評論は議論を呼んだ(時事新報)

 そのうえで自身の貧しい境遇と比較。「世間の多くは」「あんな我儘気儘(わがままきまま)な死に損をすることさへ出来ないで苦しむ者もあらう」「普通に異性と二人関係のみの戀愛であつた場合には死なゝくとも事は済む」「何故もつと血の通つた人間らしい醜い劣情や痴愚や迷いを忌憚(きたん)なく衆人の前に(あら)はそうとしなかつたか」と厳しく非難した、

 これに対し、7月21日付時事で作家・藤森成吉(のちに戯曲「何が彼女をさうさせたか」で有名になる)が「秋江君に與ふ」(2回連載)として猛烈に反論した。「僕等故人と親しい人間の見るところでは」「有島氏があまりに潔癖すぎ、殉情的(感情に身を任せること)すぎたことが残念で堪らずゐいるのだ」「低級愚劣な人間から、少しでも高潔な高尚な心情の人物を見れば、一々猜疑を感ぜずにはゐられなくなる」。

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 一方、7月27日付時事朝刊は、作家で読売元編集局長の上司小剣の「香魚と金魚の死」(2回続き)を掲載。武郎と秋子を香魚(アユ)と金魚に例え、最後に近松秋江を批判した。 

 多くの論旨を大きく分ければ、

1.「姦通自体、道徳的・社会的に認められない」
2.「道徳的、社会的破綻の傾向を憂う」
3.「賛美を否定する」
4.「行為は否定しないが、賛美による社会的影響を危惧する」
5.「行為自体がブルジョア的で思想の限界を示している」
6.「行為を認め、賛美する」
7.「批評せず、事実を受け止める」

 これらの複数が入り交じった論もあった。

この情死事件がどれほど日本人の関心を集めたか

 7月14日付読売朝刊は、有島家へ霊前や遺族宛てに何百通という投書が届いていると伝えている。「大多数は有島氏にあつい同情を込めたもの」「しかし、全然反対に『姦夫』『姦婦』と非常に憤慨した手紙もある」として何通かを紹介している。

 さらに「サンデー毎日」は7月22日号から3週にわたって事件を特集。感想文を募集したところ、3278編の応募があった。今井清一編著『改訂版日本の百年5成金天下』(1978年)はそのことを挙げて「この情死事件がどれほど大正期の日本人の関心を集めたかが分かる」とした。