さらに文部科学省は国際調査を踏まえ、「保護者の懸念への対処」は、日本の教師にとって「多すぎる事務的業務」に次ぐ大きなストレス要因だと整理されています(「学校と保護者・地域とのより良い関係構築に向けて」)。授業、生徒指導、部活動だけで疲弊しているのではない。学校は今、家庭や地域の不安や怒りの受け皿としても消耗しているのです。

 さらに重いのは、その積み重ねが教員の心身を確実に蝕んでいることです。文部科学省の令和5年度調査では、公立学校の教育職員のうち精神疾患による病気休職者は7119人で、過去最多となりました。もちろん原因は一つではありません。しかし、「どこまで説明しても終わらない」「何をしても責められうる」という環境が、現場の消耗を深めていることは想像に難くありません。

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社会の矛盾が噴き出した「どちらを選んでも詰む」状態

 本章の母親は、娘を守ろうとしていました。その気持ち自体を否定することはできません。問題は、その「守る」が、現実の危険や相手の善意まで否定し、「娘が傷ついたと感じた以上、学校が悪い」という一点に収束してしまうことです。いまの社会では、事実関係よりも、まず“傷ついたという表明”が優先されやすい。学校現場は、その価値観の最前線で揺さぶられています。

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 体調不良の生徒に触れても責められる。触れなくても責められる。

 大きな声で支えても責められる。黙っていても責められる。

 この「どちらを選んでも詰む」状態は、教員個人の力量の問題ではありません。学校を、教育機関であると同時に、感情の完全な受け皿としても機能させようとする社会の矛盾が、そこに噴き出しているのです。

 だからこそ、このケースで本当に見てほしいのは、最後に管理職が若手教員へかけた「君は間違っていない」という言葉です。この言葉が必要になっている時点で、現場はもうかなり危うい。正しい対応をした人間に、あとから「君は悪くなかった」と言い聞かせなければならない職場は、本来どこかがおかしいのです。

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