「世紀の大凡戦」と言われた理由
藤原はこのアリ戦の前、常に猪木と行動をともにした。
「たしか巡業を2シリーズ休んで、猪木さんにずっと付いていたんだよ。猪木さんは試合に向けて、コンディションを整える練習とスパーリングをずっとやっていた。でも、躁鬱が激しいというかね。突然、『俺、勝てるよな?』って聞いてきたり、『藤原、俺を殴れ』って言ってきたり、精神的に追い詰められていたようだったな。
当時、新日本の合宿所でレディーっていうセントバーナード(犬)を飼ってたんだけど、誰かが練習中に道場のドアを開けたらレディーが中に入ってきちゃったんだよ。
それで俺が『ダメだ!』って言ったら、猪木さんはどう聞こえたのか、『何、この野郎!』って怒り出してな。なんかそういう些細な物音や人の言葉なんかにも敏感になっていたよ。
でも、そういう精神状態になっても仕方がない。あの試合、ハッキリ言えば死ぬか生きるかだからね。みんな『真剣勝負』って言葉を簡単に言うけど、猪木さんは負けたら会社も潰れるだろうし、破産だろう。アリだって負けたらボクサー生命がおしまいでしょ。尋常じゃない緊張感があった。これがホントの真剣勝負だよな。
だから俺も少しでもそういう猪木さんの精神状態に寄り添おうと思ってね。アリ戦が近づいてきたなかでの練習前に、瓶ビールとグラスを冷蔵庫でキンキンに冷やしておいて、練習後にさりげなく『どうぞ』って出したんだよ。そしたら難しい顔してた猪木さんがニカーッと笑って、『わかった。一杯だけだぞ』って言いながらカーッと飲んで笑った、あの顔は今でも覚えているよ」
アリ戦の試合内容はご存じのとおり、開始直後こそ勢いよく飛び出した猪木のスライディングキックで大いに沸いたが、その後は遠い間合いからのアリキックを繰り出しては、仰向けの体勢を取り、アリは「立ち上がれ」と挑発する展開が延々と続いた。
観客が期待するような派手な技の応酬にはならなかった。
93年のUFC誕生以降、バーリ・トゥード(総合格闘技)の試合でこの「猪木―アリ状態」が頻発したことから、この時の猪木の闘い方が理解されるようになったが、当時の観客はまったく理解できず、それが「大凡戦」と呼ばれる要因となる。