1ラウンド5分、6ラウンド制で行われたこの試合は、通常のプロレスとは明らかに違う、異質なものとなった。猪木が普段の試合で使う、ナックルパートも、コブラツイストもドロップキックもない。その代わり、ペールワンの動きをグラウンドで制し、上腕部の硬い部分で顔の急所を締め上げ攻撃していく。猪木のグラウンドテクニックにペールワンはなす術がなく、試合は一方的な展開となった。

 そして3ラウンド、猪木は左腕をリストで固めると、そのまま一気にダブルリストロック(腕がらみ)を極めた。ペールワンはそれでもギブアップを拒否するが、さらに猪木が力を入れると左腕は脱臼し、レフェリーが試合を止めた。猪木は、不意の果たし合いを挑んできたペールワンを見事返り討ちにしてみせた。

「30過ぎの男が何十億円も借金してやってるんだから」

「最後のアームロックは猪木さんの得意技なんだよ。ただ、あの時は……こんなこと言っちゃいけないけど、極める位置がちょっと違ってたんだよ。だからビシッと極まらずにペールワンもしばらく我慢してたんだけど、参ったしないから力任せでやっちゃってね。ペールワンっていうのは向こうの英雄だからさ、参ったするわけにはいかないんだよ。パキスタンの王族の支援も受けていたからな。猪木さんも大変だけど、あっちも必死だったんだろうね。それで参ったしないから脱臼してな。お互い命懸けだよな。

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 あの頃の猪木さんは本当にすごかった。アリ戦やペールワン戦など極限状態の試合が連続であって。俺と6つ違いだから、当時の猪木さんは33歳か。

 30過ぎの男が何十億円も借金してやってるんだから、とんでもないよ。それだけの力と自信があったんだろうけど、たいしたもんだよ」

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