試合後、猪木は…
「試合後、控室をシャットアウトにして俺と猪木さんだけになった時間があった。猪木さんは黙って下を向いてたよ。最後のほうでは泣いていたな。俺もどうやって慰めていいかわからないから、少し離れたところで直立不動で立っているだけだった」
その後、猪木を苦しめたのは「引き分け」という結果自体ではなく、世間からのひどいバッシングだった。「世紀の大凡戦」「世界に笑われた茶番劇」……あらゆるメディアがこの一戦をこき下ろし、しかも、その矛先は“寝てばかりいて闘おうとしない”猪木に向けられた。この時の猪木の孤独は計り知れない。普段、自分の試合を「八百長」呼ばわりしていた連中の前で、堂々と史上最強のボクサー、モハメド・アリと闘い、引き分けてみせた。それなのに、その真剣勝負のすごさが何ひとつ理解されなかったのだ。
「お金を払った観客が文句を言うのは仕方がないけど、あの時、テレビ、新聞、雑誌でボロクソに言った有名人の名前、俺は全部覚えてるよ。あの野郎とあの野郎とあの野郎な。何もわかってねえヤツらが、『あんなの誰でもできる』とか言いやがって。
あいつらだけは、いつかチャンスがあったら殺してやろうと思ってたよ。これ、書いていいからな。あの時は、ホントに殺してやろうと思ったから。
猪木さんの悔しさは、俺なんかには計り知れないけど、猪木さんがタクシーに乗った時、運転手に『アリ戦はすごい試合でしたね。私も居合いをやってたんですが、真剣勝負というのは、あんなもんですよね』って言われらしい。猪木さんは、そのタクシー運転手の一言に救われたって言ってたよ。言葉って不思議なもんで、たった一言で人を救ったり、逆に深く傷つけたりするもんなんだ」