飯塚が自力でドアを開けて車外に出ようとしたところ、迷彩服を着た四〇代の自衛隊員の男性に「救急車が来るまでは降りないように!」と声をかけられた。男性の所属は、陸上自衛隊練馬駐屯地で車両整備を担当する部隊。自衛隊車両に乗り、信号待ちの最中に事故に遭遇し、すぐに下車して飯塚に駆け寄ったのだ。彼は「ブレーキが利かなかった」という飯塚の言葉を聞く余裕もなく、横断歩道で倒れていた怪我人の救護を行った。
「誰か早く助けてあげてください」と叫びたかったが…
しばらく経って、消防車両のサイレンが聞こえてきた。板橋消防署の隊員が運転席のドアを開け、二人がかりで飯塚を抱えて脱出させた。飯塚は隊員の肩を借りて、道路のわきに移動した。衰弱しきっていたため、縁石に背中を預けてへたり込み、足を少し曲げて投げ出した。その後、隊員は「他の被害者を助けに行く」と言い残し、その場を離れた。
一人になった飯塚は、周囲の状況を把握しようにも、事故の衝撃で眼鏡を失くしていたため、ぼんやりとしか見えなかった。事故のショックで頭が混乱していた。しかし、少しずつ見えてきた自分の車を凝視し、驚愕した。車は前の両輪がパンクしているせいか、少し前に傾いていた。
右のドアミラーはなく(石川を撥ねた第一現場近くに落ちていた)、左のドアミラーは付け根が折れてダラッと下を向いていた。バンパーはごみ収集車と激突した衝撃で左側がめくれ上がり、中の配線などがむき出しになっていた。また、車の一部は脱落し、ボンネットは銀色の紙を思い切り握りつぶした後のように、皺が激しく波打ち、一部は破断していた。横断歩道の白いゼブラにはくっきりとしたタイヤ痕が残っていた。
――すごい壊れ方だ。大変な事故を起こしてしまった!
それよりも、飯塚は眼前の呻き苦しむ被害者たちの姿にショックを受けた。路上に横たわり、全く動かない高齢の女性二人を確認した。「私が起こした事故に巻き込まれた人だ!」と思い、「誰か早く助けてあげてください」と叫びたかった。しかし、つぶやくことしかできず、その声は誰にも届かなかった。「自分が(助けに)行かねばならない」という義務感にかられたが、痛みのせいで体が全くいうことをきかない。その後、高齢の女性が救護されているのを見てやや安堵したが、飯塚はあることが気がかりだった。