「人をいっぱい轢いてしまった」
「アクセルが戻らなくなって、人をいっぱい轢いてしまった。お母さんはどうなっているかわからない。これから病院に行くから、当分、家に帰ることができない」
長男に「警察は? 救急は?」と言われたが、「飯塚さん、そろそろ救急車に」と声をかけられ、電話を切った。後々、この電話が世論の物議を醸すことになる。
飯塚は搬送のため、ストレッチャーに全身を固定された上、毛布を首までかけられ、救急車に乗せられた。現場にかけつけた警視庁の捜査員は、同僚から「あれが加害者ですわ」と教えられ、「えっ、あの爺さん? 被害者なんじゃないの」と驚いていた。
飯塚はこのときのことを「とてつもなく長い時間待機して、病院に搬送されたと記憶している」と振り返っている。実際の搬送時刻は事故から一時間一五分後。確かに短いとは言えないが、トリアージの結果や、搬送先の選定に時間を要したことによるものだ。妻の容態を知ることができず、不安を抱えながら痛みに耐えた時間は途方もなく長く感じたのかもしれない。
飯塚はほかの重傷者六人とともに新宿区戸山の国立国際医療研究センター病院(当時)に搬送され、集中治療室で緊急治療を受けた。少し落ち着いた午後六時すぎ、病床でスマホを手にとった。飯塚は約一年前に携帯電話をいわゆるガラケーからスマホに買い替えていた。
これで地図やレストランの検索や、社会情勢を知るために官公庁や国際機関のTwitter(現X)もチェックをしていた。また、飛行機が好きなことから、航空自衛隊のアクロバット飛行を行うブルーインパルスの動画もよく見ていた。ただ、最大の用途は家族や知人とのLINEの連絡で、この時もスマホが役に立った。〈事故処理後の車はどうなった?〉と尋ねる長男に対し、震える手でLINEにメッセージを打ち込んだ。