――乳母車の女性をうまく避けられただろうか。
真菜さんのことである。チャイルドシートの幌を乳母車の日よけと誤認したのだろうか。実は、真菜さんが倒れていたのは、飯塚から左真横に約一五メートル離れた地点だった。
飯塚は周囲の状況を把握しようと左右を見渡したが、視界が朦もう朧ろうとして女性を見つけることはできなかった。この時、真菜さんがまだ倒れていたのか、すでに搬送されていたのか、事実関係はわからない。
気がかりだった「妻の安否」
飯塚は警察官に氏名を聞かれた上、運転免許証の提示を求められ、やっとの思いで応じた。
妻のことが気がかりだった。
――救護されたのか、怪我は大丈夫か。
意識が朦朧としていた妻が助手席で正気を取り戻したときには、夫はすでにいなかった。目の前には、コードが垂れ下がり、その先にはドラレコの記録装置がぶら下がっていた。ダッシュボードのカバーも完全に外れ、中から車検証などが入ったケースが飛び出し、機材がむき出しになっていた。
妻は豊島消防署の隊員に「大丈夫ですか」と声をかけられて救出された際、夫の安否が気になり、「主人は?」と尋ねた。ストレッチャー(搬送用台車)に乗せられた後の記憶はない。その後、首と顔全体を固定されて救急車に運び込まれた。
飯塚は現場横の「日出町第二公園」で展開されていた救護エリアに移動させられた。家族に心配をかけないようにしなければと考え、スマートフォンを取り出して長男に電話した。
ところが何度かけても、長男は電話にでなかった。しばらくして長男から、LINEで「緊急?」とメッセージが入った。その後、もう一度電話をかけたら、今度は繫がった。
