でも、私は、私の裁判員裁判をされた裁判員の方々のことを、いまも悪くとっていません。長期間の裁判で大変であったであろうと、心から思います。その意味も込めて、一審判決直後に、無意識に「ありがとうございました」と言っていたのだと思います。私は、ほとんど覚えてなく、後で聞いたのですが……。

 判決の日は、頭の中がまっ白というよりも、正直、ショックのあまり、もう何色でもなかったと思いますし、何色でもありませんでした。

松江と鳥取刑務所の差

 その後、現在の松江刑務所に移送されましたが、鳥取刑務所で数年過ごしていた私は、鳥取刑務所とのあまりの違いにとまどい、びっくりしました。松江刑務所には、お昼前に着いたのですが、この日のお昼はチキンカレーとツナサラダと福神漬けとバナナと麦ごはんでしたが、この日もほとんど食べれませんでした。

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 松江刑務所も3人担当の刑務官の先生が代わりましたが、ここでの3人の担当の刑務官の先生も、とてもスバラシイと思います。

 1代目の担当の刑務官の先生には、またカラに閉じこもろうとしていた私を、何とか日々を一日一日を大切に過ごせる様にと色々お世話になったり、控訴審や民事やその他で落ち込んでいるときも、どんなときも支え見守ってもらいましたし、どんなときでも、いつもと変わらない態度で接して下さり、私はどれだけ救われたか? わかりません。

 私が兄のように親しくさせて頂いていたあるTV局のジャーナリストの訃報が届いたときに、本来、大声を出したりしてはダメなのですが、私とそのジャーナリストとのやり取りを知っているので、号泣し続けている私をそっとしておいてくれました。そして「あなたの心の中でIさんは生き続けているよ」と言ってくれた言葉に、私はどれだけ救われたでしょうか? とことん落ち込んでしまっている私に一生懸命に伝えてくれました。

 2代目の担当の刑務官の先生は、書ききれないくらい、とても私は心から落ちつける刑務官の担当の先生でした。どんな悲しいときも、苦しいときも、辛いときも、この2代目の担当の先生の魔法の言葉一つひとつに、私は和ませてもらいましたし、どんなときも、若い刑務官の方なのですが、びっくりするくらいの言葉で伝えてくれて、私は今日まで来れています。感謝の言葉しか1代目と2代目の担当の先生には思い浮かびません。

 3代目担当の先生も若いですが、サッパリしていて、私は助かっています。3人の担当さんに鳥取刑務所と松江刑務所で共通して言えるのは、高圧的な刑務官及び悪い刑務官の方々を、私はほとんど知らないということです。拘禁者の方々からお手紙をもらっても??? となるばかりです。私は刑務官で高圧的な方や悪い人を見たことがありませんので……。〉