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「パパは暴力団だったの?」
出所してから、僕は以前にも増して妻と娘に寄り添うようになりました。
妻は病気のため、ひとりで外出できなかったので、気分転換を兼ねて娘と3人でよくドライブしました。妻の好きなケーキを食べにファミリーレストランにも行きました。
外食が続くと娘が飽きて、お家でご飯が食べたいということもありました。
すると、妻は小松菜をたっぷりと入れたうどんを作ってくれました。僕も娘のためにジャガイモを切って、ポテトフライを作りました。このころは、毎日が幸せでした。
あるとき、妻が人混みを苦手にしていたため、娘と2人で初めて映画を見に行きました。映画の帰り道、娘が突然言いました。
「パパは暴力団だったの?」
僕が一言、「そうだよ」と言うと、娘は驚くこともなくうなずいていました。
僕はやがて組から距離を置くようになりました。これ以上、犯罪を起こして妻や娘に迷惑をかけたくない、家族のために生活を立て直したいという強い思いがあったため、組織から離れる決断をしたのです。
生活費は知り合いの社長に頼み込んでアルバイトをして稼ぎました。収入は決して多くはなかったですが、家計をやりくりして、妻が欲しがっていたパソコンなどを買いました。苦労をかけたことへの償いと、一日も早くパニック障害から抜け出してほしいという僕なりの思いでした。