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実際、アジズは事件当日、足の怪我で自宅療養中だったとアリバイを主張(医師の証言あり)、イスラムも完全無罪を訴えたが、同年3月11日に下った判決は全員有罪で、懲役20年~終身刑が宣告される。1968年の控訴も棄却され、3被告はニューヨーク市内の刑務所に収監された。
事件はこれで終結するはずだった。しかし、刑確定から9年後の1977年、服役中のヘイガンが弁護士を介して宣誓供述書を提出。そこにはアジズとイスラムが無罪であること、犯行動機はマルコムがイライジャ・ムハンマドとNOIを公に批判・裏切ったことへの報復だったことに加え、暗殺にはショットガンで致命傷を与えたウィリアム・ブラッドリー(当時26歳)を含むNOIメンバー4人が加担していることが記されていた。が、警察当局は事件は解決済みと判断、新たに捜査することはなかった。
事件から55年にわかった「新たな可能性」
その後、1985年にアジズが、1987年にイスラムが仮釈放され、2010年4月にはヘイガンも仮釈放となる。
事が動くのは、それから10年後の2020年。出所後も一貫して無罪を主張し続けていたアジズとイスラムに対して、マンハッタン地方検事局が22ヶ月間にわたる大規模な再捜査を開始したのだ。
結果、2人を逮捕するきっかけとなった目撃証言が警察の強要によるものだったこと、アジズに完全なアリバイがあったこと、1977年のヘイガンによる宣誓供述書で名指しされた4人が殺人に関与していた可能性が高いことが判明。