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連載昭和の35大事件

「下山事件」の真相は他殺か? 自殺か?――側近が振り返るあの日の”後悔”とは

国鉄を愛する固い信念が燃えているように見えた

source : 文藝春秋 増刊号 昭和の35大事件

genre : ニュース, 社会, メディア, 国際

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「国鉄のため」信念に燃えていた総裁の姿

 下山総裁就任後の最初の仕事は言う迄もなく運輸省時代から鉄道総局で検討に検討を重ねて来た大整理の実施であった。氏は極めて用意周到であり我々が気がつかないような点をも事務的に注意された。

 東京鉄道局時代に団体交渉では散々苦労を重ね、或る時は引揚げ台湾人の集団に局長室迄踏み込まれて暴行を受けたような経験もあり『俺は急所をやられてもビクともしないぞ。』と云っていた位で話合いの室迄こと細かに予め点検して机を二重に並べて相手方との間隔を広くとる事だの、組合員がこちらの側に入って来られないように室をぎっちり2つにしきるように机の両側を隙間なくすることだの、缶詰にされないように此方側の後にずっと他の室迄通り抜ける扉のあることを確認したり、それはほんとうに到れり尽せりで、ぼんやりした私など思いも及ばず敬服したものである。

 私は1つは負け惜しみと冗談交じりに『総裁総裁、こんな時には我々が頭の1つや2つなぐられた方がいいんですよ。』といったので下山氏も『それもそうだなあ。』と云って2人で笑い合ったものである。これ程の大仕事で我々がひどい目に会うことは覚悟の前だったし、唯心配なのは現場で直接この事務を扱う幹部の身の上であったが、神ならぬ身の旬日を出でずして総裁の身にあんな異変が起ろうなどとは露程も考えられない。

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 7月2日組合との最後の話し合いに於ける総裁の態度は稀に見るきっぱりしたものであり見事であった。話し合いは緊迫し組合側は『それではどうしてもやる気か。』と最後の駄目を押すと毅然として『国鉄の合理化の為だ。やらなければならないことはどうしてもやるのだ。』と宣言して立上った総裁の眉毛の間には持ち前の強い意思に国鉄を愛する固い信念が燃えているように見えた。

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