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奇跡の抗がん剤は、忘れられていた薬だった

『がん治療革命 「副作用のない抗がん剤」の誕生』 (奥野修司 著)

genre : エンタメ, 読書

――抗がん剤治療を行うと、食欲がなくなり、痩せ細って苦しむというイメージがあります。

 P-THPの場合は、なぜかほとんどの人が治療を受けたその日のうちに、近くのラーメン屋や焼き鳥屋に食べに行っているんですよね。なぜか分かりません。でも腫瘍はちっとも縮小していないのに、みなひとしく食欲が増進しているんです。食欲があるのとないのとでは予後がまったく違いますので、身体への負担を考えると驚くべき効果です。

 また先日の朝日新聞で、65歳以前でがんになると、多くの人が勤め先を辞めさせられるという記事が出ていましたが、P-THPなら副作用がないので、治療を受けながら仕事が続けられます。本書で紹介した瀬山さんは治療中も大学の教壇に立っていましたし、馬庭さんや河野さんも畑仕事も続けていました。仕事を続けられることは、すばらしいと思います。

――しかし、すごい抗がん剤なら、とうの昔に実用化されていたのでは?

 まず言えることは、前田先生が用いている抗がん剤が、特許が切れた抗がん剤だということです。これでは製薬会社にとって大きな利益にはなりません。製薬会社は大きな利益をあげる薬の開発には巨額を投じますが、そうでない薬には見向きもしません。

 それから、いまの抗がん剤市場は免疫治療の分野に莫大な支援金が流れており、治験も全世界で200くらい行われています。いっぽう、EPR効果(※高分子は正常な血管壁から漏れず、腫瘍の血管壁からだけ漏れて腫瘍の組織内にとどまること)を使ったDDS製剤は一時期非常に注目されたものの、あまり大きな効果をあげておらず、どちらかというと失敗した治療法と思われてきた経緯があります。いま主流の、がん細胞の表面にあらわれたある種の遺伝子やタンパク質を攻撃するといった分子標的薬などに比べれば、P-THPが効くメカニズムは超アナログ的で、今の流行からは外れています。製薬会社にすれば、そこへ巨額の投資を行うのはリスクが高いんです。日本でひとつの治験を行うのに、10億~20億円はかかると言われますから。そういった背景が薬の開発を阻んできたのは否めません。

――がんを根治できなくても、普通の生活を送れることを喜ぶ患者さんの証言が印象的でした。

 本書で紹介した山本さんは夜、自ら歩いてトイレに行ったあと、ベッドでそのまま安らかに亡くなられたそうですし、森山さんも大往生を遂げられました。苦しまずに最期を迎えられたことを、奥様方が何よりも喜んでいらっしゃいましたね。

 ある60代男性は、肺がんが進行していましたが、転移が見当たらなかったのでP-THPの治療を受けたところ、5回目でかなり腫瘍が縮小したそうです。残りを手術で切り取り、いまのところ肺はきれいな状態で「寛解」。また、ある胃がんの70代男性は、手術で腫瘍を取りきれなかったので、処方されていた抗がん剤をやめ、P-THPの治療を6回受けたそうですが、がんはきれいに消え、いまは「寛解」とのこと。紙幅の関係で本書では紹介できませんでしたが、寛解になった患者さんは他にもいらっしゃいます。

 抗がん剤が効かなければ、ただひたすら苦しいだけですが、P-THPにはそれがない。腫瘍を根絶できなくとも、最期まで元気でいられるのが特徴です。ご本人にとってはもちろん、ご家族にとっても大きなメリットがある薬ではないかと思いますね。

 現在、P-THPは生産システムの問題で数が限られており、多くの方に治療を受けていただくのが難しい状況にあります。今後はより多くの安全性試験を行い、製薬会社と提携して、どの病院でもこの薬を使えるようにしていくというのが目標です。

奥野修司(おくのしゅうじ)

奥野修司

1948年大阪府生まれ。立命館大学卒業。78年から南米で日系移民調査。帰国後、フリー・ジャーナリストとして活動。『ナツコ 沖縄密貿易の女王』で講談社ノンフィクション賞(2005年)、大宅壮一ノンフィクション賞(2006年)をダブル受賞。著書に『ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年』『心にナイフをしのばせて』『満足死 寝たきりゼロの思想』『花粉症は環境問題である』『放射能に抗う 福島の農業再生に懸ける男たち』『再生の島』『看取り先生の遺言――がんで安らかな最期を迎えるために』など。

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