なぜ「ラブホ連続殺人」ばかりが怪談になるのか?
この街では、他にも数多くの殺人事件が発生している。にもかかわらず、なぜ大昔の「ラブホ連続殺人」ばかりが、特権的な扱いを受けるのか。なぜこの事件だけが、怪談の噂としてたびたび復活してしまうのだろうか。
それは同時期に発生した「歌舞伎町ディスコナンパ殺人事件」と比較しても明らかだ。こちらもまた「歌舞伎町における」「ゆきずりの関係の危うさ」を知らしめたケースであり、犯人が捕まっていない不気味な未解決事件という点でも、「ラブホ連続殺人」と似通っている。また現在でも、殺害現場である千葉県郊外の橋は心霊スポットとされている。しかし歌舞伎町内の現場周辺、被害女性たちが遊んでいたディスコや喫茶店、犯人にナンパされたゲームセンターなどの跡地にて、彼女らの幽霊が出るという噂は聞いたことがない(あるのかもしれないが、「ラブホ連続殺人」と比べてあまりに少ない)。
両者の違いは、「ラブホテル」という場所性によるところが大きいのだろう。
「秘め事を行うための、街の表側から隠された閉鎖空間」であるラブホテルは、それだけでも怪談の舞台として最適だ。そして時には、夫婦や恋人ではない、ゆきずりの男女が性的関係を持つ空間にもなる。盛り場でのナンパからインターネットによる出会い(家出少女やマッチングアプリなど)へと状況変化しつつも、「ラブホテルでのゆきずりの関係」は現代でも当たり前の光景だ。プロによる性風俗サービスならまだしも、見ず知らずの素人同士となれば、どうしてもそこに暴力の予感がつきまとう。
こうした恐怖のイメージを仮託するのに、「ラブホ連続殺人」は最適なエピソードなのだ。この事件は、1980年代初頭の歌舞伎町を象徴しているだけではない。現代でも人々の心に潜む、ラブホテルという空間への恐怖を象徴してもいるのだ。だからこそ40年経った今もなお、怪談の背景として引っぱり出されてしまうのである。