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2019年M-1・全員インタビュー なぜ“神回”になったか

2020/06/14

松陰寺 ただ、「キャラ芸人になるしかなかったんだ!」っていうセリフは、実人生とかぶっているところもあるんですけど、それは今日初めて見たという人にはわからないじゃないですか。僕らの歴史を知ってる人なら、笑ってくれるかもしれないけど。

――松陰寺さんがかつて、着物を着ていたとか、ローラースケートをはいていたとか、そういうことを知らなくても、なんとなく名残はありますよ。お化粧もされてますし。

松陰寺 確かに、あのセリフはどこでやっても、不思議とウケたんですよね。

――M-1の1本目は、相当手応えあったんじゃないですか。

松陰寺 ありましたね。ただ、一番最後の「急に正面が変わったのか?」というところは、ライブではウケないこともあったんです。

――観客席から見て左側、いわゆる舞台の「下手」をシュウペイさんが向いて立つところですね。

松陰寺 M-1の予選で初めてウケたんです。会場も広いですし、お客さんも通な方が多いので。でも、決勝はどうかな、と。そこはいちばん不安でした。

――でも、あそこも大爆発でした。

松陰寺 そうですね。ホッとしました。

 

上沼さんの“96点”で「完全にキャラを忘れちゃった」

――得点はオール巨人師匠から始まって「93」「94」「91」「94」「92」「94」「96」と非常に高得点でした。最後の上沼さんが96点を付けましたしね。ただ、一瞬で計算できないので、順位はすぐにはわかりませんでした。それでも松陰寺さんは、腕を突き上げていましたね。

松陰寺 松本さんの94点と、上沼さんの96点で「いったか?」と。ぜんぜんわからなかったですけど。3位か4位かなと。なので「行けーっ!」と。あのときは完全にキャラを忘れちゃってました。

――結果、トータル654点で3位の和牛を2点上回りました。ミルクボーイが史上最高得点(681点)を出したときも盛り上がりましたが、あの瞬間も同じくらい盛り上がりました。最後の最後でのどんでん返しでしたから。

松陰寺 頭、真っ白になってましたね。

――シュウペイさんは笑顔でした。

 

シュウペイ 僕は楽しんでいたんで。

松陰寺 あんま、覚えてないな。あのときのこと。

最終決戦の直前に「ペットボトルの水をこぼした」

――最終決戦は一転、トップバッターになったので、休むことなく連続でネタを披露しなければなりませんでした。