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連載昭和事件史

女医が“裏切り夫”を殺そうとした「チフス菌饅頭事件」が国民の同情をさらった、あまりに悲しい理由

人々の同情をさらった、80年前の「女の復讐」 #2

2020/07/05
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 そして、2日目、10月6日午前の公判では、“離婚”の際のやりとりが取り上げられた。大毎10月7日付(6日発行)夕刊によれば、交渉では間に入った弁護士の強い助言で佐藤に1万円を要求。結局7000円(2017年換算約1190万円)を1938年中に3回分割で支払うことで決着した。ここで菊子は「離婚は解決しましたが、私を踏み台にして学位を得た幹男が、何ら恥じることなく、独身者として新しい妻を迎えようとしているので、幹男への愛は一転して憎しみを帯びるようになりました」と犯行につながる心情を述べている。それにしても“貢いでもらっていた”のがそれだけ短期間に大金を支払えるのはどういうことか……。そして、いよいよ裁判はチフス菌の入手方法に及ぶ――。

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「長く苦しめば、悔悟することもあろうと思った」

裁判長 昨年(1938年)4月中旬に木村細菌研究所から腸チフス菌とパラチブスA、B菌の培養基を入手しているね?

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菊子 木村研究所を訪ね「どうしているか」と問われ、「吉村病院にいます」と答えた瞬間、細菌培養基がたくさん並んでいるのを見、佐藤がチブスにでもなって苦しめばよいが、と思っていた矢先ですから、細菌の誘惑といったものに魅せられ、チブス菌をもらってきました

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裁判長 チブス菌を菓子に塗って送れば、幹男ばかりでなく、その家族もチブスにかかるだろうと思ったのだね?

菊子 そうです。病気にかかれば、物質的にも精神的にも、さらに肉体的にも苦しみ、そして長く苦しめば、悔悟することもあろうと思った

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証人として出廷した佐藤は「いまもなお感謝している」と言い放った

 その後の尋問と供述が10月7日付大毎朝刊に載っているが、その中で菊子は、佐藤がチフスにかかったと聞いた時の心境を「言葉で言い表すことができぬ複雑な感に打たれた。報復の快感は少しも起きなかった」と、事件発覚直後に同紙が書いた供述内容と逆の感想を述べている。

 また、この日の午後は佐藤幹男が証人として出廷するので、「数名の名士、その他多数で公判廷はギッシリの大入り」(醫海時報10月28日号)。「『チブスのため5貫(約19キロ)もやせたが、やっと回復して、いまは18貫500匁(約69キロ)くらいでしょう』と巨躯を揺すぶって現れると『佐藤だ佐藤だ』と、女たちの視線が後を追う」(大毎10月7日付朝刊)。「いまではすっかり健康を取り戻し、つやつやした血色のよい顔、きれいに剃り上げた口ひげ、茶色の三つ揃えにがっちり肥えた体を包んだ姿、どうしても煩悶に悩む当の佐藤博士とは受け取れない」「裁判長の尋問に入るや、後方の席にはほとんど聴き取れぬくらいの小声で早口に答え始める博士、額に汗がにじむのを抑えるようにして『問』へ一心にこたえていく。廷内の空気は極度に緊張していた」と醫海時報は書いている。

 大毎によれば、菊子を退廷させて行われた裁判長とのやりとりは次のようだった。

裁判長 (昭和)5年8月下旬、菊子に結婚を申し込んだ際、経済上の援助を申し出たことはないか?