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2019年M-1・全員インタビュー なぜ“神回”になったか

2020/08/09

内海 軽く打ち合わせはしてました。

駒場 なんか振られたら、とりあえず、あれをやろう、と。

――見事に決まりましたね。

駒場 つかみでプレゼントをもらい続けてきた甲斐がありました。

あのトロフィーは実際にもらえる?

――あのトロフィーは実際、もらえるものなのですか?

駒場 いや、あれはABC(朝日放送)にずっと保管してあるものだそうです。

内海 あとでレプリカをいただけるんやな。

駒場 めっちゃ重いんですよ、あれ。

内海 重かったな~。裏に2001年からの歴代王者の名前が全部、刻まれてるんですよ。

駒場 あそこに自分たちの名前が載るんやと思うと……。

 

「テレ朝入りは僕らが1番でした」

――決勝当日の記憶を少し手繰り寄せていただきたいのですが、2人は何時ごろテレビ朝日に入ったのですか。

駒場 14時までに入ればよかったんですけど、僕らは13時くらいには着いてました。

――楽屋には、もう、ちらほらと出演者が集まっていたのですか。

内海 いや、僕らが1番でした。早く行っときたいんですよ。僕ら、舞台で出番があるときも2時間くらい前に入ってるんです。

駒場 早く着替えて、裏でずっと練習してるんです。M-1のときも、そうしたかったので早く行きました。

――リハーサルのときは、どんな様子でしたか。

内海 金ぴかのセットを見たときは、すごいなと思って。この日のためにこんなすごい舞台をつくってくれたんやと思うと感動して泣きそうになりましたね。

 

【続き】ミルクボーイが明かす「M-1前に『コーンフレーク』が『モナカ』より強くなった」

写真=山元茂樹/文藝春秋

ミルクボーイ/駒場孝(ボケ担当)と内海崇(ツッコミ担当)のコンビ。駒場は1986年2月5日大阪府出身、内海は1985年12月9日兵庫県出身。大阪芸術大学落語研究会で出会う。

 大学在学中の2006年に仮コンビとして「大学生M-1グランプリ」に出場し、優勝。同年、M-1グランプリにもアマチュアとして初出場し、2回戦進出。2007年7月にbaseよしもとのオーディションを受けるにあたって正式にコンビ結成。2010年、16年、17年、18年とM-1準々決勝進出。19年初の決勝で優勝を果たす。

2020年上半期「インタビュー部門」BEST5 結果一覧

1位:「開成に通いながらタトゥーを入れました」異端のベンチャー社長が振り返る“名門男子校で味わった洗礼”
2位:「『結婚生活は我慢』って考えは私にはありません」再々婚・上原さくらが語った結婚観
3位:子どもへの性加害は「平均週2~3回」小児性犯罪者のすさまじい実態
4位:史上最高M-1王者「なぜミルクボーイはずっと無名だったの?」本人たちに直撃
5位:藤岡弘、のイケメン息子と美人娘インタビュー「私、この家に生まれてきてよかったのかな」

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