郵便物の名前も黒塗りに……
「あそこ、オートロックとかじゃないんだな」
「あー、説明下手でごめん。そこまで新しいマンションじゃないんだよ。なあ、もうこの辺にして帰ろう――」
「よし、じゃあ俺ちょっとポスト見てくるわ!」
「は、おい待てって!」
Kさんは、Aさんらの制止も聞かず、マンションの集合ポストに進んでいってしまった。
「本当に張り紙あるわ! あと、部屋番号もない!」
嬉しそうにこちらに報告してくるKさん。
「いいからもう戻ってこいって!」
するとKさんはあることに気がついた様子だった。
「なんかさー、ここ、郵便物入ってんだけど……あれ…あ、そうだわ……」
こちらに駆け戻ってくるKさん。
「何してんだよ、このバカ!」
「いや、違うんだよ、あそこの郵便物、というか水道の請求書とかも全部、どの部屋のも名前の部分だけキレイに黒マジックで塗りつぶされているんだよ」
「……え?」
「マジだって……やっぱやばいなあそこ――」
松葉杖の住人がKさんに言ったこと
チーーン!
突如、マンション1階のエレベーターが開いた。中から出てきたのは、松葉杖をついた30歳過ぎの男性だった。
一瞬、やばいっと覚悟したものの、冷静になれば上から来たのだから、集合ポストを物色していたことは見られていないはず。偶然にもKさんが通りの反対側まで戻って来ていたこともあり、一同はとっさに“自販機にたむろしている若者”を装い、Kさんが飲み物を買うことになった。
だが、松葉杖の男性もヨタヨタと自販機の方に向かってくる。そして、なんと自販機の前に立つKさんの真横で止まったというのだ。
固まる一同をよそに、松葉杖の男はKさんの方にグイッと振り向き、こう聞いてきた。
「名前がないのが、そんなに、おかしいのかい?」
「えっ……え、あ、は……い……」
「もうねぇ、個人個人じゃなくて、一つの集団に属するようになると、そういうものがいらないってことが、君も大人になったらわかるよ」
そう言い残すと男はマンションの方に踵を返した。
そして、松葉杖をつきながらヨタヨタと、数歩歩くごとに“まるで誰かに肩を叩かれて振り向いた”かのような仕草で、こちらを何度も振り返り、会釈を交えながらマンションに帰っていってしまったのだという。
一同は男がエレベーターに姿を消すや否や、一目散にその場を後にした。