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連載昭和事件史

「凄惨、のたうつ血の現場」銀行支店で12人が殺害された「帝銀事件」その実像

――GHQ占領下の日本を揺るがした大量毒殺「帝銀事件」 #1

2021/01/17
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検察もメディアも見通しが甘かった

 翌1月28日付朝刊。朝日は「毒殺犯人近く検挙か 取られた金は十数万円」の見出しだが、本文を見ると「東京地検・高木(一)検事は『必ず2、3日中には犯人を検挙してみせる』と言っており、犯人が毒物を巧みに使い、かつ防疫行政を多少心得ていた点から、捜査陣はかなり狭められて一応の目標を立てている模様である」というのが根拠のようだ。検察もメディアも見通しが甘かったというべきだろう。

 同じ記事では、東京地検の木内曽益・検事正らが集まり「前代未聞の凶悪犯罪として、特に出射(義夫)刑事部長が主任となり、刑事係検事を総動員し、即決検挙に全力を集中することに方針を決定」とし、「わが国犯罪史上全く前代未聞の知能ギャング」とした木内検事正の談話を掲載している。奪われた現金は一審判決で「16万4410円ぐらい」と認定されたが、2017年換算で約166万9000円になる。

犯人は「白髪まじりの青い顔をした一見インテリふうの好男子」?

 朝日には別項で「好男子の四十男 被害者の見た犯人」の記事も。「44、5歳から50歳ぐらい。白髪まじりの青い顔をした一見インテリふうの好男子で、身長は5尺2、3寸(約158~161センチ)ぐらい。面長で鼻は高く、三つ揃いの背広を着た左腕に赤い東京都のマークの下に横書きで消毒員と墨で達筆で書いた腕章をしていた」。

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当日の帝国銀行椎名町支店前(1948(昭和23)年1月27日) ©共同通信社

 また「毒は青酸化合物」が見出しの別の記事は「警視庁鑑識課ではこの2ビンを分析した結果、最初のビンは残存物がなくて検出できず、あとの透明な方は単なる水と判明。東大、慶大両病院で死体解剖と嘔吐物から化学検査を行った結果、青酸性反応が認められ、はじめの濁った方に青酸化合物が混入されていたことが明らかになった」と書いている。記事には、犠牲者のひつぎの搬出と、見取り図を添えた行内の現場写真、犠牲者と生存者の顔写真が添えられている。

推理作家・江戸川乱歩の推理も報じられ…

 同じ日付の毎日は「危なかった三菱(中井)支店 “札を消毒”と同じ手口」の見出しで、帝銀以前に類似の未遂事件があったことを報じている。毎日の抜きネタのようだ。

 27日、警視庁丸の内署を新宿区下落合の三菱銀行(現三菱UFJ銀行)中井支店の支店長が訪れて届け出をした。「さる19日、私の店にも奇怪な男が帝銀椎名町支店と同様の手口で現れ、未遂に終わって姿をくらました」。男の特徴は帝銀と酷似。「厚生省技官、医学博士山口二郎 東京都防疫課」という名刺を出して、近くの会社の寮で集団赤痢が発生。その会社から入金があったはずだから消毒に来たと話した。男は支店長が差し出した郵便小為替にカバンから出したうがいビンの液体を振りかけただけで去ったという。

 同じ毎日の紙面には推理作家・江戸川乱歩の「犯人は支店長の顔見知り」などと推理した記事も見られる。同じ日付の読売は

1、帝銀椎名町支店に現れた犯人は「厚生省厚生部委員・東京都衛生課・医博加藤某」という名刺を示したとき、近くの相田小太郎という住民が発疹チフスに感染した事実を語った

2、犯人はスポイトを使って毒物を茶わんにつぎ分け「この薬液は強力で歯のホウロウ質を痛めるから、こうして飲め」と大きく舌を出し、呑んで見せた

 ことを報じた。