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連載昭和事件史

《与党幹事長逮捕直前の激震》“検察の歴史の汚点”はなぜ生まれてしまったのか

たどり着けなかった“政治とカネ”の真相 「造船疑獄」事件 #2

2021/05/05

 その後も疑獄が拡大する中で読売は3月28日付朝刊で「汚職事件と政局」を主なテーマとした世論調査結果を載せた。「最近相次いでいる汚職事件についてどう思うか」という質問には「困ったことだ(不愉快だ、憤慨にたえない、ひどいことだ)」が30%、「よくない(悪い)」19%、「徹底的に究明せよ」10%などで、「仕方がない(世間一般の風習だから)」は2%だった。「いまの国会議員と国会は全体として信頼できるか」では「信頼できない」が68%に上った。当時も政治不信、政治家不信が強かったことが分かる。

 3月29日、参考人として事情聴取を受けた運輸省の課長補佐が運輸省ビルから飛び降り自殺。3月30日付読売朝刊は「疑獄、ついに自殺者出す」の見出しを付けた。4月13日には、石川島重工業の重役が自宅物置で首つり自殺しているのが見つかった。3紙とも「第二の犠牲者(二度目の自殺者)」の見出しを立てた。

ついに関係者には命を落とすものも(読売)

与党幹事長も任意出頭

のちの経団連会長まで捜査の手は広がった(朝日)

 それに先立つ4月2日には同社の土光敏夫社長(のち経団連会長)が取り調べを受け、逮捕されたが、重役の聴取は同社長の容疑を裏付けるためとされた。さらに核心に迫る捜査の動きが4月14日付夕刊各紙に載った。朝日の記事は――。

佐藤幹事長取調べ 造船疑獄 けさ地検特捜部で

 造船疑獄追及中の東京地検特捜部は14日朝、自由党幹事長佐藤栄作氏に都内某所へ任意出頭を求め、河井検事が取調べた。これによって佐藤氏に対する逮捕請求は必至とみられ、ここ数日中に最高検では最後決定を行う気配が濃く、佐藤氏が当面の新党運動の立役者であるため政局へあたえる影響は大きいものとみられている。

 佐藤幹事長については船主協会理事、三井船舶一井保造社長、造船工業会丹羽周夫会長から昨年10月ごろそれぞれ1000万円を、同党事務局橋本明男会計責任者を通じて贈られているといわれ、これが贈収賄を構成するのではないかとして一井、丹羽両氏は贈賄罪、橋本氏は収賄ほう助罪各容疑でいずれも逮捕されている。このほか昨年8月、船主協会の有力4社からも金を贈られているともいわれ、この関係で飯野海運・俣野健輔社長は3度逮捕されている。

「マナイタのコイ」佐藤幹事長、ついに取り調べ(朝日)

 続く本文で「マナイタのコイだよ」が見出しの佐藤幹事長の談話が掲載されている。「『いずれ幹事長の私のところに調べが来るかもしれない。マナイタに乗ったコイだよ』と笑いながら答えた」とある(同じ日付の毎日では取り調べを受けた事実を否定している)。

 実際はそんな心境ではなかったようだ。戸川猪左武「素顔の昭和 戦後」によれば、戸川はそのころ読売新聞の政治部記者で、「佐藤逮捕か」の情報が流れていた数日間、そばに張り付いていたという。次のように書いている。

「これは拡大するよ」「大したことはないですよ」

ある晩、彼は築地の料亭「山口」に行った。それは誰に会うためでもなく、一人で飲んで「逮捕されれば、俺の政治生命はこれきり」という絶望的な気持ちを紛らわすためであったようだ。私は佐藤が表に出てくるのを車の中で待ち続けた。「何のためにこうしているのか」といった白けたむなしさにとらわれていた。間もなく表に出てきた佐藤に私は「幹事長を辞めますか」と非情な質問を投げかけた。佐藤は酔っぱらって自分の車に乗り込んだ。私も便乗した。三田にあった彼の自邸まで、私が何を質問しても、佐藤は酔った体で――わざとそうしていたのかもしれないが、何一つ答えなかった。当時はやっていた「啼くな小鳩よ」(高橋掬太郎作詞、飯田三郎作曲、岡晴夫歌)を口ずさむだけだった。

佐藤栄作(昭和37年2月撮影) ©文藝春秋

 実兄の岸信介・元首相は「岸信介回顧録」に「私は事の重大さを感じて佐藤幹事長に『これは拡大するよ』と忠告したが、佐藤は『大したことはないですよ』と取り合わなかった」と書いている。佐藤本人の4月14日の日記を見よう(「佐藤栄作日記第一巻」、原文のまま)。

新聞社の諸君が囲をといたのが12時半(午前0時半)。それから検事正官舎に出かけ河井検事の取調べを受く。

本籍、経歴、家族調べ等形の如き訊問の後、取引銀行、財産調べ。更に党組織、幹事長の仕事、党議決定方式、議員の職責、党資金特に参与費と政治寄附との関係、寄附金の取扱方、(〈欄外〉海運助成法制定当時の模様)、俣野、一井、横田、丹羽、神田、渡辺、浅尾、土光等との関係。次に此等の諸君との金銭授受。特に俣野君から貰った昨年秋の二〇〇万円の受領当時の模様につきては、俣野君から政治資金に困るだらう、此処に二〇〇万円あるので御使ひ下さいと云ふので、謝礼をのべてもち帰った。又党寄附の船主協会並に造船工業会のものは単純な政治資金寄附で法案とは関係なしと明記さる。

 読売新聞社会部編の「捜査 汚職をあばく」は佐藤の言い分をこう推測した。

「造船屋からもらった金は党への政治献金で私したのではないし、こんなことが罪に問われるようなら、政党の幹事長は務まるわけがない」