豊島将之が思い描く『最強の棋士像』
──……すいません脱線して。本当に聞きたかったのは、二冠を獲得した時に作られた扇子の揮毫が『流水不腐』。流れる水は腐らない……この言葉を選ばれたのは、なぜなんでしょう?
「やっぱり、ずっと変化し続けていけたら……ずっと前に進んでいきたい。そういうイメージで」
──変化。
「変化を求め続けていきたいですし、その中で新しい発見や『ここが向上した』というものがあったらいいな、と」
──変わり続けていく……それが理想だとすると、豊島先生の中には、ゴールとか、最強の棋士像といったものは、今の段階では存在しないんでしょうか?
「最強の棋士像…………」
その言葉を投げかけた瞬間。
それまで滑らかに動いていた豊島の口が、急に重くなる。
手の中にあるモコモコしたものの存在も忘れ、豊島はどこかを見上げて、自身の思う最強の棋士像を探り始めた。
「うーぅ…………ん…………」
まるで、自分からは遙か遠くにある星を見つけようとするかのように、彼方を見詰める豊島。
そしてようやく、小さな声でこう呟く。
「ない、わけではないですけど…………」
「でも、自分流で行くしかないような気がするので……」
──その最強の棋士像は、現在の豊島先生からは、離れている存在なんですか?
「……そうですね。何て言うか…………うーん…………最強の棋士像…………」
「最強って、難しい…………自分に…………」
「…………まあでも結局、自分なりにできることをやっていくしかないという感じですか。最強の棋士……」
──それは、パッと聞かれたときに思い浮かぶのって、人間なのかそれともコンピューターなのか……?
「あー…………でも棋士っていうからには人間ですかね。やっぱり」
──人間として、すごく強い存在。それは豊島先生の中には、具体的なイメージとして存在するんでしょうか?
「ありますね」
その問いかけにだけは意外なほど強い口調で即答した豊島は、吹っ切れたかのように、滑らかに語り始める。
自分が最強の棋士像に近づくための方法を……では、ない。