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竹下佳江が唯一、骨折の事実を打ち明けた選手

 竹下はスイス合宿の最後の3日間は練習を休んだ。痛みがあまりにも激しかったのと、そんな状態でコートに入れば、他の選手に気づかれてしまうと考えたからだ。その一方、トス合わせをしないまま、本番を迎えるのは不安が残る。そんなモヤモヤを取り除いてくれたのが、戦術コーチの川北元だった。川北が竹下の個別練習に付き合ってくれたのだ。

「川北さんに本番直前まで練習を付き合ってもらったおかげで、これくらいの痛みだったらみんなに迷惑をかけない程度のトスは上げられる、と確信を得ることが出来たんです。そもそも、眞鍋さんに『コートに立つ』と言い切ったのは、もし左指が使えなくてもアンダーでも対応出来ると考えていたからで、根性論だけで言い張ったわけではありません」

 竹下はアンダーでも、オーバーに近いような正確なトスとスピードを繰り出すことが出来る。それが竹下の武器の1つでもあった。

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 竹下は自身の怪我によって、スタッフの働きぶりを改めて見直した。ディフェンスコーチの安保澄(あぼきよし)やブロックコーチの大久保茂和らは、竹下の怪我が少しでも早く癒えるようにと、ロンドン入りしてから選手村とは別に設けられたマルチサポートハウス内にある酸素カプセルの予約を入れ、それが練習に差し支えないように1分の無駄もないスケジュールを組んだ。竹下が練習に出なくても、他の選手に迷惑がかからないような練習法も考えた。竹下がしみじみという。

喜びを爆発させる竹下佳江選手 ©文藝春秋

「コーチ陣らスタッフは、見事なまでにプロフェッショナルだった。もちろん以前から、うちのコーチ陣は優秀と思っていたけど、アクシデントにどう対応するかでその人の人間性が分かる。闘っているのは私たち選手だけじゃない。彼らと一緒にメダルを獲りたいという思いが、ことさら強くなりましたね」

 選手らは竹下の指の骨折を知らないままだったが、治療を受けている姿は見ている。そもそも、テーピングをしたことのない竹下が、大会期間中ずっと装具をつけていたことから、指を痛めているのは理解していた。「大丈夫ですか?」と聞かれれば、何食わぬ顔で「全然平気。まあ、痛みとうまく付き合うだけだね」と笑みを浮かべ答えた。

 唯一、竹下は骨折の事実を、選手村で相部屋だったリベロの佐野とミドルブロッカーの大友愛には告げていた。佐野は年齢が近い上に長年全日本で闘ってきた同士。大友は、若手とベテランを繫(つな)ぐチームの要で、実業団では同じJTのチームメイトでもあった。竹下の性格を最も理解している上に、大友も右膝靭帯損傷の大怪我から、五輪直前にチームに復帰したばかりで、怪我との付き合い方をよく知っていたからだ。

 骨折の事実を告げられた大友は、大きなショックを受けつつも、竹下がコートに立つと決めた以上、自分も竹下の骨折を忘れようと思った。

「だから、練習のトス合わせでもテン(竹下)さんに厳しい要求をしましたよ。テンさん、もっとトスを速くして、って。テンさんは他人に迷惑をかけたり、気を遣われたりすることが大嫌い。私がテンさんに難しいトスを要求すれば、あ、怪我は大したことがないんだなって、みんなも安心するじゃないですか。テンさんが私に骨折の事実を告げたのは、私にそういう役目をしろという無言のメッセージだと理解していましたから」

 骨折をしている人間に、もっと厳しい技を要求する。勝負の瀬戸際で闘う人間同士だからこそ出来る決断と行動といえた。そして、そんなコートでのせめぎ合いを、何も感じないほど全日本メンバーは無頓着ではなかった。