日付がはっきりしないが1946年に出た雑誌「すとりいと」には「問題の熊澤天皇 共産党に共同闘争を申込む」という記事がある。
それによれば、同年7月5日、吉田長蔵「侍従長」が衆議院院内控室に共産党議員を訪れて共同闘争の申し入れをした。面会した徳田球一衆院議員(書記長)らに
(1)現天皇は皇統の根拠がない偽者
(2)現天皇の政治指導方針は人民の福祉を犠牲にしており反対
(3)以上の2点からわれわれは共産党と共同して現天皇の打倒に努める
(4)共産党も天皇制の完全な廃止を主張せず、次善の策として現天皇に代わる正統の熊沢天皇の即位を認めてほしい
と申し入れた。これに対し徳田書記長らは
(1)共産党の政策を認めるからといって、党が熊沢天皇の即位を認めるわけにはいかない
(2)熊沢天皇が正統と名乗り出て現天皇と皇位を争うのは一種の陰謀と誤解される恐れがある
(3)現天皇の歴史的宣伝が間違いな点は大いに宣伝すればいい。党はこの点で共同する用意がある
(4)現天皇の退位と天皇制の廃止が実現された暁には、熊沢天皇は自由に皇室の地位を要求すればいい。共産党は人民が投票で認める際は、熊沢天皇側が皇室をつくるのを認める
と答えたという。混乱期だとしても奇妙なやりとりというべきだろう。
「あれが不敬罪として起訴されるならば、熊沢天皇の言動をいかに心得ておられるか」
同年6月28日、最後の帝国議会となった第90回国会予算委員会で石田一松委員が質問に立った。石田は「のんき節」などで一世を風靡した元演歌師の「タレント議員第1号」。約1カ月前、5月19日の食糧メーデーで「朕(ちん)はタラフク食ってるぞ ナンジ人民飢えて死ね」と書かれたプラカードが天皇に対する不敬罪に当たるとして、書いた共産党員が6月22日に起訴されたことと関連づけて「熊沢天皇」について言及した。
これ(プラカード)が不敬罪として起訴されるならば、まだ重大な問題がある。
あの熊沢天皇の言動をいかに心得ておられるか。「朕はたらふく食べている、なんじ人民飢えて死ね」、そんな軽い末梢的な問題ではない。熊沢は自分は日本の天皇の正統であって、現在の裕仁天皇は邪統、邪なる血統の者で、あれは天皇ではないと、天皇そのものを否認している、これがいまだに起訴されたという話も聞かないし、私は不審に思っている。
不敬罪とは、「天皇ハ神聖ニシテ侵スへカラス」とした大日本帝国憲法第3条に基づき、刑法74条で天皇や皇后、皇太子らに不敬の行為をした者は懲役刑に処すことを決めた条項。質問に対して当時の木村篤太郎・法相は「検察当局においては、本人を呼び出してあらゆる角度からこれを研究しております。いまなおそれの裏面における事柄については調査中であります」とだけ答弁している。