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連載大正事件史

「座薬治療の必要がある」と偽って“16歳の富豪令嬢”に性的暴行…“泣き寝入り”も見透かしたエリート医師の“卑劣な堕胎工作”――大正事件史

「座薬治療の必要がある」と偽って“16歳の富豪令嬢”に性的暴行…“泣き寝入り”も見透かしたエリート医師の“卑劣な堕胎工作”――大正事件史

議論を呼んだセックススキャンダル「大野博士事件」#1

2022/04/10
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 家名と娘を犠牲にして飽くまで博士と黒白を争ひ(い)事實(実)を世間に發(発)表すると涙で小倉氏の大決心

 小倉鎮之助氏の屋敷を訪れれば、主人は病気なので家人が代わって語る。

「六女は昨年8月から肺尖カタルを病んで大野博士の診察を受けていたが、注射の効力がなく、『局部が冷えたのだ。座薬の治療をする必要がある』と言って昨年11月からそれを挿入して治療中、前後5回目にわたった本年1月17日、突然大野博士から『娘さんに男はないか』と尋ねられたので、ソンなことは絶対にないむね答えた。その後、六女の挙動に不審な点が多くなったので2月22日、住吉町6丁目の産科医・幾石敏夫氏以下2名の医師立ち合いのうえで六女の体を診断した結果、意外にも局部から4寸(約12センチ)余の異物を発見したのです。この事件のため、主人は会社を休んで2日2晩寝ずに善後策に苦悩した結果、断然一家と娘を犠牲にして社会のために、大野博士を相手にあくまで黒白を争い、世間に発表することにしたのです……」

 六女は2日午後、登校し、病気を理由に退学届を出した。

「家人」としているが、六女の母親と思われる。読売の記事は捜査状況にも触れている。

 二日博士を訴ふ(う) 山手署では慎重な取調べ

 本事件の端緒を握った山手署では近来稀有の事件として、極めて慎重に取り調べを続け、2日、小倉氏の代理弁護士・染谷徳平氏から、大野博士を相手どり強姦罪の告訴を提起したので、吉田署長はひそかに横浜地方裁判所検事局を訪れ、南谷検事正と打ち合わせをなし、関係者を続々召喚。取り調べを開始した。

「大野博士は横浜市医師会の重鎮で…」

 実は第一報で最も詳しいのは東京日日(東日=現毎日)だった。関係者を仮名にしていたが、主見出しは「某富豪の令嬢が 大野博士を訴ふ 婦道の擁護を叫んで 聖代にあるまじき怪事件」と派手。

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 写真も読売が六女だけ、東京朝日(東朝)が大野博士だけなのに対し、2人の鮮明な写真を載せている(匿名なのに顔写真を載せるのはどういうことかは分からないが)。小倉、大野両氏の経歴などの記事もある。

東京日日の事件第一報。被害者を仮名にしている

 この問題から 父は……轉(転)地療養 娘と名譽(誉)を捨てゝ(て) 悪徳醫師を葬ると語る

 大倉家(小倉の仮名)は岐阜県士族で、慎之助(鎮之助の仮名)氏夫妻の間には六女あり、問題のかね子(六女の仮名)はその末子である。慎之助氏は各種の事業に関係して実業界に相当重きをなし、100万円(現在の約16億円)に近い資産家。一徹者であるところから博士の行動に対しては非常に激怒している。

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