米中が水面下で繰り広げる「冷たい情報戦争」のリアルとは? 元共同通信社論説副委員長・春名幹男氏による「処刑された30人の米国スパイ」(「文藝春秋」2022年11月号)を一部転載します。
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米国民・約1億6千万人の個人情報が盗まれた
「フー・ロスト・チャイナ?(中国を失ったのは誰だ?)」
1949年10月1日、中国共産党が革命政権を樹立した後、米国内で「ハリー・トルーマン民主党政権の責任だ」と追及する声が上がった。
米国は戦時中から蒋介石の国民党政権を支援していた。だが、太平洋戦争終結後の「国共内戦」では共産党の人民解放軍がほぼ全土を掌握、国民党政府軍は次々と拠点を失い、台湾に逃れた。東西冷戦の当初、米国は共産主義政権を打倒するため対中秘密工作を展開した。それが米中情報戦争の出発点である。
それから70年余。中国は近年、「米スパイ網壊滅作戦」や「サイバー攻撃」など、対米秘密工作で攻勢に出ている。特にサイバー攻撃のすさまじさには驚く。
アトランタの連邦大陪審は2020年2月、米国民約1億4500万人の個人情報や企業情報を2017年に米大手調査会社から盗んだとして、中国人民解放軍「第54研究所」に所属する中国人ハッカー4人を起訴した。被害に遭った大手調査会社は米国の三大信用調査会社の一つ、エクイファクス社だった。
2015年にも、中国のハッカー攻撃で米連邦政府人事管理局(OPM)のデータベースから、2210万人の現職・元職の連邦職員の情報が盗まれたことが判明している。
合算すると、米国人計1億6710万人分の個人情報を中国が把握したことになる。2020年の米国の総人口は3億3100万人で、単純計算だと50%以上の米国民の個人情報を中国が握ったことになる。
特にOPM情報は「個人情報」と「セキュリティ・クリアランス」の二つのデータベースが攻撃を受けており、後者には情報機関職員の重要な機密情報が含まれている。当時のジェームズ・コミー連邦捜査局(FBI)長官は「宝のコレクション」が盗まれたと発言している。
米中両国が繰り広げてきた「情報戦争」の知られざる歴史と現実を深掘りしてみたい。
日本を基地に対中「秘密工作」
国共内戦の間、米中央情報局(CIA)は、「チャイナ・ミッション」という組織を中国本土に置いていた。だが共産党政権樹立後、組織を中国から横須賀に移動させた。 CIA嫌いの連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー将軍は日本国内でのCIAの活動を認めていなかった。しかし、諜報活動を担当していたG2(参謀第二部)のトップ、チャールズ・ウィロビー少将は、CIAから提供された「上海市警察文書記録」と引き換えに、百人単位のCIA工作員らの日本上陸を認めた。ウィロビーは上海警察の捜査記録を基に、ゾルゲ事件の真相解明に異常な執念を抱いていた。
かくしてCIAは日本を「情報工作基地」として、さまざまな対中秘密工作を実行していくことになる。
1948年6月にトルーマン大統領が署名した「国家安全保障会議(NSC)10/2号」文書。その中に「秘密工作」の行動指針が明記されている。具体的には「プロパガンダ、経済戦争、破壊工作、地下抵抗運動やゲリラ、亡命解放グループへの支援、反共分子支援」等である。
情報機関の任務は情報の収集と分析だけではない。冷戦時代、非公然の秘密工作はもっと重視されていた。