ベテラン俳優たちにインタビューをしていると、多くの方が、役者を生業にできるまでに多くの紆余曲折を経ていることに気づかされる。
上條恒彦も、そんな一人だ。
役者を目指して信州の山村から上京、さまざまな職を転々としつつ役者を目指すが食えないために諦め、歌手になる。そして七〇年代前半にヒット曲を連発して人気を博したことで、役者としての仕事も来るようになる。
この挫折と回り道が、上條の役者としての魅力を醸成した。土の中から生まれたかのような、素朴で泥臭い風貌。そこにいるだけで滲み出てくる、庶民的な生活感。そして、歌手として鍛えられた圧倒的な声量。いずれも日本の役者としては稀有なものであり、上條は役者としても長く重宝されていくことになる。
そんな上條の役者としての可能性に最初に気づいたのが、山田洋次監督だった。山田は自らが脚本を書いたテレビドラマで上條を抜擢、そこから上條の役者人生は始まる。
今回取り上げる人気シリーズの第十四作『男はつらいよ 寅次郎子守唄』でも、山田は役者としてのキャリアをスタートしたばかりの上條を大役として起用している。
上條が扮するのは柴又の合唱団リーダー・弥太郎。「貧乏で口下手な醜男」という設定で、寅次郎(渥美清)には「ゼニはねえし口はヘタだし、それじゃ女にモテねえだろ」、タコ社長(太宰久雄)にも「まだ寅さんの方がマシ」と散々な言われ方をされている。
この時の上條は表情もセリフ回しも動きも物凄く硬く、その大きな体躯を持て余しているように映る。が、そのことがかえって功を奏していた。彼のぎこちない芝居が、弥太郎の不器用だが実直で誠実な人柄を際立たせていたからだ。
中でも、弥太郎が片想いするマドンナ役の看護婦・京子(十朱幸代)に告白をする終盤の場面は印象的だ。ここで上條は「急性盲腸炎で入院したその日から、僕はあなたが好きです。あれからずっと、あなたが好きです」という、字面だけ読むとこちらが気恥かしさを覚えてしまうセリフを言っている。一つ間違えば観客に失笑を与えかねない。
だが、素朴な風貌の上條がたどたどしい口調ながらもハッキリとした大声で言うと、印象が変わってくる。苦労して生きてきた人間が必死に絞りだした、飾らない真っ直ぐな感情の吐露に聞こえてくるのだ。それが観る側の心を打ち、この後で京子が弥太郎に惹かれていくという展開に説得力を与えることになった。
自らの特性に気づいてくれる演出家との出会いが役者にとっていかに大切なことか。改めて教えてくれる作品だ。