ここまでくれば記者の妄想に近いが、当時の新聞の事件記事は読者を引き付けるために、事実の報道より読み物としての性格が求められていたということだろう。
「時事新報は第一着に犯人を探知した警官に金時計1個を贈与し…」
時事新報の同じ紙面には、「犯人探偵の懸賞」の広告が。
「さる27日、お茶の水土手において発見した婦人の死体は、丸裸にしていかにも残酷な殺し方。被害者は何人なのか、さらに分からず、犯人は何者なのか。また少しも手がかりを得ず、実に近来の珍事だ。これを探偵するのは極めて難しく、まさに警察官の敏腕を振るうべきところ。時事新報は第一着に犯人を探知した警官に金時計1個を贈与し、わずかな奨励の意を表すつもりだ」
この「明治事件史」の「稲妻強盗」報道でも同紙がぶち上げたキャンペーン。公務員である警察官に賞品とは、いまなら考えられないが、読者の関心を引くためだったのだろう。報道は日を追って過熱。
5月1日付時事新報は「探偵の苦心」として、事件発生以来、「嫌疑者」をめぐるエピソードをまとめている。
(1)ある官立学校の職員夫婦はけんかが絶えず、妻の姿が見えなくなったことから夫が疑われて拘引されたが、妻の所在が分かったため帰宅を許された
(2)劇場のはやし方が不倫をした妻の髪を切り、妻は40歳前後で太っていたことから調べたが、妻は家にいた
(3)本郷のある町の差配らが町内の某の妻だと断言。夫に遺体を見せたところ「似ているが違う」。妻は工場で働いていることが分かった――。
あまりの騒ぎに時事新報は5月5日付の記事の冒頭で「ただ似ているという理由でこのような事件の引き合いに出される当人の迷惑はもとより気の毒だが……」と弁解した。
迷宮入りかと思った矢先、事件が大きく動く
迷宮入りもささやかれ始めた5月8日、事件は大きく動いた。10日付で報知と時事新報が号外を出しているが、時事新報の号外は現存しない。報知の号外は――。
御茶の水殺人犯者の就縛
被害者と加害者の姓名 十数日間、満都の士女を疑訝(疑いいぶかしむ)の間に彷徨(ほうこう=さまよう)させていたお茶の水裸体婦人の謀殺者は、一昨日に至って牛込警察署巡査が探知。同日午前10時ごろ、自宅から拘引された。東京地方裁判所から額賀予審判事、藤川検事が出張して家宅捜索。臨時に予審廷を牛込署内に開いて取り調べ中。被害者である裸体婦人と凶行(容疑)者の姓名は次の通り。
被害者 原籍・千葉県平郡佐久間村(現南房総市)大字佐久間下
牛込区若宮町(現東京都新宿区)21番地 平民 安政3(1856)年生まれ 40歳
御代梅(みようめ)この
凶行(容疑)者 同居 福島県士族 安政4(1857)年生まれ 39歳 松平紀義