全裸女性殺人事件といえば、現在も猟奇的な響きがある犯罪だろう。今回取り上げるのは、「明治以降で初のケース」と言われた事件。
公判途中で罪を認め、無期判決を受けた男は出所後、寄席に出演して、懺悔(ざんげ)話で稼ぐしたたかさ。「お茶の水事件」「おこの殺し」など、さまざまに呼ばれて世間を騒がせたものの、手口は猟奇的でも、全体像は高利貸しを兼ねた「三百代言」=もぐりの代言人(弁護士)=のいかがわしい男が、同棲相手のすれっからしの女を“夫婦げんか”のすえ、絞め殺してしまった、ありふれた犯罪。
それを犯罪史に残る事件にまでしたのは、他の事件にも増してセンセーショナルに取り上げた新聞報道だった。今回も、当時の新聞記事は見出しはそのまま、本文は現代文に書き換え、適宜要約する。文中いまは使われない差別語、不快用語が登場。敬称は省略する。
「鼻は薄皮でぶら下がっている」死体がお茶の水に…
発端の報道は1897(明治30)年4月28日付朝刊。扱いは新聞によってまちまちだが、全体的に記事量は少ない。中には時代を思わせる美文調で書かれた記事もあるが、比較的情報量が多く淡々とした萬朝報を見よう。
お茶の水の女殺し
昨朝6時ごろ、(東京市)本郷区湯島2丁目1番地地先、高等女子師範学校(現お茶の水女子大)と旧(湯島)聖堂の間のお茶の水の川に沿った土手に、年ごろ32~33歳の女が裸のまま死んでいるのを通行人が発見。巡査に訴え出たことから、物好きな連中が四方から集まってきて、土手の上下に充満し、いろいろなうわさを立てた。本郷警察署から係官が来て間もなく、東京地方裁判所の額賀予審判事が医師らを従えて出張。検視したところ、被害者は色白で鼻が高く、肉づきがいい。傷は口の端に2寸(約6センチ)余、頭部に2カ所、額に1カ所、いずれも2寸8~9分(約8.4~8.7センチ)で、右の上腕部に8カ所、左腕に5カ所、足にも大小の傷が何カ所かあった。そのうち最も無残なのは鼻の傷で、よほど鋭利な刃物でそがれたらしく、わずかに薄皮でぶら下がっている。
土手の中央の草の中に5寸3分(約16センチ)ぐらいの(長さの)髪が固まってあちこちに散乱。土手の上の水道管に血だらけの手でつかまったと思われる手の跡があるなど、見れば身の毛のよだつほど。係官の見たところでは、犯人は殺した後、衣類をはぎ取り、土手からお茶の水川に突き落とそうとしたが、途中に留まったのをそのままにして逃げ去ったという。ほかに犯罪の手がかりになるべきものは何一つなく、被害者が何者かも分からない。