耳打ちしているようにも見えるが、肩にかけた手や二人の距離の近さからは、やはりそうではなさそうな雰囲気である。背後に写っている人物の顔がブレているのに比べて、手前の二人はしっかりと写っており、一瞬の事ではなく彼らはしばらくこの格好で動かずにいたのかもしれない。
撮影者のソウレン自身も珍しいと思ったのだろうが、カメラを構えてシャッターを切る時間的余裕があったと見られる。当時路上で男女の親密な姿を見かけることはまずなかったのか、あるいは他の撮影者は興味を示さなかったのかはわからないが、筆者のコレクションの中では昼夜を問わずこの一枚のみしか見られない光景である。
この写真はソウレンが文官として再来日した際に撮影され、マウントは1949-52年のものが付けられている。同時に撮られたらしい他の写真から、撮影場所は新橋の飲食店街であることが判明している。当時の彼の宿舎は、接収された新橋の第一ホテルであった。
第一ホテルの屋上に存在した“占領軍将校クラブ”
その第一ホテルの屋上には占領軍将校クラブが設けられていた。専属楽団である渡辺弘とスターダスターズが演奏している模様をソウレンはわざわざフラッシュを使用して撮影している(写真4-47)。
スターダスターズはボーカリストとしてティーブ釜萢や石井好子、ペギー葉山などが代々在籍した第一級のジャズバンドで、写真に写る白いタキシードを着た渡辺自身も「ジャズ界の帝王」と評されていた(内田晃一『日本のジャズ史―戦前戦後』)。
図4-11/12のようなボクシングや曲芸を行っている場面もフィルムに収められており、当時の占領軍クラブでのショー形態の一端が垣間見える。