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郁子を怒らせた“事件”で世間の目まで一変

 理由として同記事は、郁子が精神統一したところ「健」の1文字が眼前に現れたのでボール箱入りの乾板に念写しようとしたが、透覚で乾板が見当たらなかった。何度念じても同じなので、郁子は非常に立腹して「乾板がない」と言い、「ある」と答えた山川らと押し問答に。箱を開けてみると、郁子の言った通り、乾板は入っていなかった。実験の補助をしていた東京帝大理科大学の藤教篤・講師が「試験用の乾板を入れる役目を引き受けたが、多忙の折、たぶん乾板を入れた箱と入れていない箱を取り違えたのではないかともいう」と記事は書いた。

 この問題は尾を引く。1月10日付萬朝報で山川は、乾板を入れたボール箱は二重三重の措置で厳重に管理しており、乾板がなかったのは自分の責任だが、悪意はなく、どうしてこうなったか分からないと弁明。対して郁子の夫の長尾判事は11日付萬朝報によれば、「当時の態度から見ても、最も怪しいのは藤講師」と不信感をあらわにした。単なるうっかりミスだったのか、意図的だったのかはいまに至るまで不明だ。

 続いて1月13日、福來の実験中、念写に使う予定の未現像写真フィルムが、訪ねて来た男に持ち去られる事件が起きる。1月14日付各紙は東朝が「實驗(実験)中の椿事」、報知が「千里眼實驗(実験)物盗まる 福來博士激し令嬢泣く」、萬朝報は「奇怪!奇怪!」と報じた。郁子がフィルムのありかを透視した結果、長尾家近くの溝の中に捨ててあるのを発見。紙切れにカタカナで「カクレテイタストイノチハモラツタゾ」と書かれてあったと各紙は伝えた。「千里眼」は刑事事件の様相を呈した。

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「奇怪!奇怪!」。フィルム盗難事件はセンセーショナルに報じられた(萬朝報)

 はっきりしているのは、この2つの「事件」を境に、それまでもてはやされた「千里眼」を見る世間の目が一変したことだ。実験の手順と公開性、実験に使われた物の管理などについて、疑問が紙面にも表れた。ついには“推進派”の筆頭だった東朝までが1月16日付で「千里眼の疑問 怪しむべき數(数)々」という記事を掲載するほど。「いままでの実験では学術的に証明するまでには進んでいない」「実験物の管理などに疑わしい点がある」などを挙げた。

 そして1月16日、藤講師は郁子の実験についての見解を発表した。