コロナ禍の前後から、中国の対外工作や戦狼外交(西側諸国に対して中国外交官が過剰に攻撃的な姿勢を取ること)はいっそう露骨になった。日本国内での公安出先機関の設置工作や、Xで暴言を連発する中国駐大阪総領事の素顔は、すでに過去の記事でも見てきたとおりだ。さらに、彼らはなんと日本の伝統仏教の世界にも浸透工作を仕掛けていた事実が判明した──。12月15日に『戦狼中国の対日工作』(文春新書)を刊行する安田峰俊氏が、実態に迫った。
明代仏教を伝える⽇本の仏教寺院にせまる影
「黄檗宗」という仏教宗派をご存知だろうか。信者数こそ約7.3万人とすくないものの、日本の伝統仏教十三宗の一角を占めており、数百万人以上の信者を抱える大宗派とも対等の権威と社会的信用を持つ。同じ禅宗の大宗派である臨済宗や曹洞宗とは、法統の上でも親類関係にあり関係が良好だ。
黄檗宗の最大の特徴は、宗祖の隠元隆琦(いんげんりゅうき:1592~1673)が中国福建省福清生まれの渡来僧であったことだ。中国臨済宗の禅僧である隠元は、明朝滅亡後の混乱を避けて来日し、江戸時代初期の日本に明代禅のほかインゲン豆や中国文物を伝えた。彼は将軍徳川家綱から宇治に土地を賜り、故郷の寺(古黄檗)と同名の黄檗山萬福寺(新黄檗)を創建。これが現在まで続く黄檗宗の大本山となる。
ゆえに黄檗宗は、お経の読み方や寺の伽藍などに明朝中国の影響が強い。とはいえ、すでに隠元の時代から3世紀半以上が経っており、現在の黄檗宗の僧侶や檀信徒の大部分は代々日本で生まれ育った日本人だ。
萬福寺は宇治でも有数のパワースポットとして観光地になっており、いまや名実ともに「日本の禅寺」である。中国との縁は多分に観念的なもので、いわんや1949年に建国された中華人民共和国との政治的な関係はまったくない──。はずであった。
だが、習近平政権が軌道に乗った2010年代後半以降、大きく風向きが変わっている。中国共産党の各種のインテリジェンス機関や外交機関から、宗門に対する大規模な浸透工作が開始されたのだ。そうした工作活動の「成果」は、宇治にある黄檗宗の大本山・萬福寺の様子を見れば一目瞭然である。
チープでシュールな⽇中交流イベント
11月24日夕方、境内に足を踏み入れて圧倒された──。開山から360年あまりを経た名刹(めいさつ)の佇まいにはあまりにそぐわない、チープでシュールな光景が広がっていたからだ。
このとき、萬福寺で開催されていたのが「黄檗ランタンフェスティバル」(期間:10月8日~12月10日)という日中交流イベントである。境内にランタンが設置され、それが夜間に輝く。
このイベントの主催は萬福寺のほか、日中文旅株式会社という中国系企業。さらに協賛は黄檗文化促進会と日本福建経済文化促進会という中国人組織(ともに後述)で、後援には中国駐大阪総領事館が名を連ねている。イベントは昨年から、こうした中国側の諸団体が大きくバックアップする形で定例行事化した。
昼間の萬福寺(拝観料は大人500円)では寺院側の職員がモギリをおこなっているのだが、夜になると「バイトで雇われた」と話す中国人スタッフたち十数人が境内を仕切りはじめ、チケット販売や出店の準備を開始する。入場チケットは大人1500円(事前割引あり)だ。