22歳という若さで、パティスリーの世界チャンピオンとなった気鋭のパティシエ、ヤジッド・イシュムラエンさんの半生を映画化した『パリ・ブレスト 夢をかなえたスイーツ』が、まもなく公開される。原作は、2016年に出版された自伝『Un rêve d'enfant étoilé: Comment la pâtisserie lui a sauvé la vie et l'a éduqué(星の少年の夢:菓子作りが彼を救った理由)』。アルコール依存症のシングルマザーのもとで育った貧しい少年が、時に星空の下での野宿も厭わない熱心さで夢を追い、苦難を乗り越え、ついに成功を手にするまでを描く。

 パティシエ修業のために、毎日180キロの距離をパリまで通い続けたこと、才能を嫉妬されて、いわれのない嫌がらせを受けたこと、そして里親との絆、実母との確執。

「ほとんど実話です。あまりに過酷すぎるエピソードは、少しやわらげましたけどね。やっぱり、観客の皆さんには“夢”を与えたいので」

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ヤジッド・イシュムラエンさん

 そう語るイシュムラエンさんは、本作の菓子監修だけではなく、共同プロデューサーとしての役割も担っている。実は、当初、このドラマチックなサクセスストーリーを映画化させてほしいと、複数の制作会社やプロデューサーから申し入れがあった。それらを断り、自身も制作に加わる形で、4年の歳月をかけて完成させたのが本作だ。出来には、とても満足しているという。

「少し怖い気もするんです。やっぱり、いろいろな感想を持つ人がいるでしょうから……。でも、これは僕の真実の物語です。人まかせにはできませんでした。出演者についても、主要な役を演じる俳優たちとは、全員、じっくり話をしたうえで、この人ならと思える人を選びました」

 そうして主人公・ヤジッド役に選ばれたのが、若手俳優のリアド・ベライシュ。TikTokで6600万人のフォロワーを持つ映像クリエイターだ。

「彼には、役作り以上の、本当のパティシエとしての研修を受けてもらいました。今では一人前に菓子作りができる腕前ですよ。それに彼は、ジョークが大好き。劇中では――つまり僕の半生は、暗く辛い時が多いのですが、ときどき彼がのぞかせる茶目っ気が、救いになっている気がしました。まあ、僕自身にもそういうところがあるんでしょう(笑)」

 もちろん、菓子作りのシーン自体にも大いにこだわった。ポイントは新鮮さ。

©DACP-Kiss Films-Atelier de Production-France 2 Cinéma

「通常、映画の撮影では、食品サンプルのように合成樹脂で作られたお菓子を使うことが多いそうです。それなら確かに、どんなに撮影が長引いても劣化することはありませんからね。でも、僕はそれは嫌だった。作り立ての、キラキラしていて美しい、一番おいしい状態を映像におさめてほしかったし、皆さんにも届けたかった。だから、すべて本物を使ったし、テイクのつど、新しいものを作りました」

 題名にもなっている「パリ・ブレスト」は、イシュムラエンさんが得意とするフランスの伝統的なスイーツ。ある大切なシーンのために40個近くも作ったという。プロとしてのこだわりもさることながら、やはりお菓子作りが大好きなのだろうと問うと、意外な答えが返ってきた。

「僕にとっては、菓子作りが好きとか、世界一になりたいとかは、本当のところ、問題ではなかったんです。当時の僕が置かれていた状況は、選択の余地がなかった。とにかく、足を一歩ずつ前に進めなければいけない。そうすればいつか運命の女神が微笑んでくれる。そう信じていました。パティシエを目指したのは里親の息子がパティシエで、僕に菓子作りを教えてくれたから。これで成功することができれば、思うように生きていける。行きたい国にも自由に行けるようになる。お菓子作りが、僕を苦しい境遇から救ってくれた。それが真実です」

Yazid Ichemrahen/フランス、エペルネ生まれ。14歳でパティシエ見習いとなり、17歳でパリの有名店で働き始める。翌年にはモナコの高級ホテルでスーシェフを務める。2014年仏チームのリーダーとして出場したGelato World Cup(冷菓世界選手権)で世界チャンピオンに。現在、アヴィニヨンのほか、ギリシャ、スイスなどに店舗を持ち、実業家としても活躍中。

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映画『パリ・ブレスト 夢をかなえたスイーツ』
3月29日公開
https://hark3.com/parisbrest/