四谷三丁目駅で美女と遭遇
そういえば杖を買う前に、こんなことがあった。
四谷三丁目駅の改札階から地上階に上がるためにエレベータに向かっていたら、僕を追い越して若いミニスカート姿の美女がエレベータの前に立ってしまったのだ。他にエレベータに向かう人はおらず、このまま僕がエレベータに向かうと美女と2人で乗り込むことになる。
しかし僕は見た目は健康だ(美女はもっと健康そうだが)。見た目健康そうな初老の男性が、美女の背後からエレベータに乗り込むと、何らかの思惑というか魂胆があると思われるような不安が沸き上がる。
その美女に聞こえるように、
「いやあ、僕も前立腺を摘出して3年経つんだな……」
などと言い訳じみた「独り言」を言う手も無くはないが、かなりわざとらしいし、確実に気味悪がられる。
短い時間に色々と考えた挙句、僕は階段を上がったのだった。
手すりにつかまり、一歩一歩ゆっくりと上がって行き、地上に出たときには息が切れまくっていた。
目の前の信号が青になっても渡ることができず、1回分青信号をやり過ごしてから新宿通りを横断した。
こんなことになるなら、エレベータを1回やり過ごせばよかったと後悔したのだが、もう遅いんだよ。
しかし、こんな時に1本の杖があれば、僕は堂々とエレベータに乗ることができる。それどころか、
「あら、足がお悪いのですか。手を取りましょう」
かなんかで、新宿通りの横断歩道を一緒に渡ってもらえるかもしれない。
やはり僕には思惑や魂胆があるんだな……。
前立腺を取っても、ダメな男でございます。
ちなみに杖はアマゾンで購入した。
仙人が持つような長い杖だと安定感もありそうだが、安定感と引き換えに失うものも多いような気がする。
そこで「せめて少しでも若く見えるデザインを」とのことで、水色のタータンチェック柄の杖を選んだ。
これでモテようなどとは思っていないが、まあいいじゃないですか。最後の悪あがきですよ。
※長田昭二氏の本記事全文(7000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています。全文では、足の痛みを抑える薬、食欲不振でも口にしている食べもの&飲みもの、介護保険の申請などについて語られています。
■連載「僕の前立腺がんレポート」
第1回 医療ジャーナリストのがん闘病記
第2回 がん転移を告知されて一番大変なのは「誰に伝え、誰に隠すか」だった
第3回 抗がん剤を「休薬」したら筆者の身体に何が起きたか?
第4回 “がん抑制遺伝子”が欠損したレアケースと判明…治験を受け入れるべきなのか
第5回 抗がん剤は「演奏会が終るまで待って」骨に多発転移しても担当医に懇願した理由
第6回 ホルモン治療の副作用で変化した「腋毛・乳房・陰部」のリアル
第7回 いよいよ始まった抗がん剤治療の「想定外の驚き」
第8回 痛くも熱くもない放射線治療のリアル
第9回 手術、抗がん剤、放射線治療で年間医療費114万2725円!
第10回 「薬が効かなくなってきたようです」その結果は僕を想像以上に落胆させた
第11回 抗がん剤で失っていく“顔の毛”をどう補うか
第12回 「僕にとって最後の薬」抗がん剤カバジタキセルが品不足!
第13回 がん患者の“だるさ”は、なぜ他人に伝わらないか?
第14回 がん細胞を“敵”として駆逐するか、“共存”を目指すべきか?
第15回 「在宅緩和ケア」取材で“深く安堵”した理由
第16回 めまい発作中も「余命半年でやりたいこと」をリストアップしたら楽しくなった
第17回 「ただのかぜ」と戦う体力が残っていない僕は「遺言」の準備をはじめた
第18回 「余命半年」の宣告を受けた日、不思議なくらい精神状態は落ち着いていた
第19回 余命宣告後に振り込まれた大金900万…生前給付金「リビングニーズ」とは何か?
第20回 息切れで呼吸困難になりかける急峻な斜面に、僕の入る「文學者の墓」はあった
第21回 がん細胞は正月も手を緩めず、腫瘍マーカーは上昇し続けた
第22回 主治医が勧める骨転移治療“ラジウム223”は断ることにした
第23回 在宅診療してくれる「第二の主治医」を考えるときが来た
第24回 今回はこちら

